覚え書:「今週の本棚 持田叙子・評 『江戸おんな歳時記』/『日本文学源流史』」、『毎日新聞』2016年04月10日(日)付。

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今週の本棚
持田叙子・評 『江戸おんな歳時記』/『日本文学源流史』

毎日新聞2016年4月10日 東京朝刊

  ◆持田叙子(のぶこ)評

『江戸おんな歳時記』=別所真紀子著
 (幻戯書房・2484円)

『日本文学源流史』=藤井貞和
 (青土社・4536円)

両手に花、円熟した詩人学者の評論
 今週は両手に花で、円熟した詩人学者のそれぞれ個性的で読みごたえある文学評論をご紹介したい。

 まずは自身俳人であり、歴史小説家でもある別所真紀子氏の『江戸おんな歳時記』。

 俳句は世界に誇る日本の小さな詩。可憐(かれん)な宇宙にこの列島の四季が入る。俳句(俳諧)にハマる日本人は中世以来とても多くて、特に平和のつづく江戸時代は大流行。天才の芭蕉も出た、蕪村も出た。

 しかし知らなかった、江戸期にプロ・アマ含め、こんなに多数の俳句をつくる女性がいたとは。十二人の子もちの主婦もいる。夫に死なれ出家した「尼」もいる。公家の姫、俳諧師の妻や妹、芸妓、遊女……。

 著者は言う、「十七世紀末から十九世紀前半にかけて諸国における女性俳諧師は驚くほど多数いて、撰集(せんしゅう)も百冊近くあるのだ」。

 たとえば初の女性俳句集は、元禄の一七〇〇年。肥前の神社の宮司の妻・紫白が出版した『菊の道』。

 これにつづき、プロの女性俳諧師・斯波園女が『菊の塵』を出版。西鶴も自分の娘の手習いのために『古今俳諧女歌仙』を編集。蕪村も女性句集『玉藻集』を編んだ。

 いかに女性が俳句を愛し、俳句に女性が愛されたか。なのに明治の富国強兵主義でその文化は断ち切られた。多くの俳句よむ女の姿も歴史の闇の奥に消えてしまった。

 江戸期の俳諧集を調べて彼女たちの姿を発見し、「三百年の女性俳諧の伝統」を巻き直すのが著者のライフワーク。本書はその精華。筆はたおやかながら志は雄々しいのだ。

 四季に分けた『歳時記』仕立て。それこそ列島の北から南まで、身分・年齢さまざまの俳句に夢中の女たちがいきいきと登場する。

 「古池に橋をかけばや鳴くかはづ」は七歳の「なせ女」ちゃんの句。けんめいに芭蕉をまねた。「かたまるか雪も霰(あられ)ももとは雨」は十二歳のつたちゃん作。かわいい。俳句は江戸の女の子のおけいこ事でもあった。

 「更衣みづから織らぬ罪ふかし」は、女医で俳諧師の園女の句。わたし家事なんかできないわ、とあっけらかん。

 「諸九尼」の五月五日の「解かたへ我は手伝ふちまきかな」も痛快。私はちまき作らないの、笹(ささ)を解いて食べるだけよと食いしんぼ宣言。諸九尼は、五十八歳で芭蕉ばりに奥州行脚した女傑である。

 他にも俳句の師を烈(はげ)しく恋い慕った女性詩人。芭蕉の弟子の去来の妻と妹。蕪村の愛した芸妓。吉原の太夫。一茶のマドンナなども登場する。

 江戸の暮らしが匂い、季節が薫る。時に不倫や秘恋のドラマもにじみ、歴史小説を読むような面白さもある。昨年度読売文学賞受賞作。

 詩人で批評家の藤井貞和氏の『日本文学源流史』は、豪快にとどろく大滝をおもわせる文学史

 一万六千五百年前の神話豊かな縄文時代より出発し、昔話紀(弥生時代)、フルコト紀(古墳時代)、物語紀(七、八世紀から十三、十四世紀)、ファンタジー紀(十四、十五世紀からほぼ現代)と独自の五紀の編年体を設け、現代二〇一五年までを複眼的な視野で駆けぬける。

 博識とすぐれた眼(め)がエンジン。文学史を書くのは批評家の究極の夢である。本書にも引かれる折口信夫丸山眞男、益田勝実、古くは慈円がそうであったように、著者もその夢を追う。独創的な歴史観を立て、詩的な志で支える。

 著者の最大の志は、日本文学史を日本語という一元のことばで縛らないこと。この列島の始原から現在までを「複数文化」「多言語」状況として認識すること。ことばと文学を固定し区分せず、水のように動き流れる命として解き放つことだ。だから、源流史。

 そもそもことばとは、文字以前のもの。親が子に口で伝える、神や祖先や火の起源。縄文人はそんな神話を豊かにもっていた。

 列島へはぞくぞくと移民が来る。先住の縄文人と移民が戦う。敗者のことばと勝者のことばが入り混じり、多様に変化する。

 「書かれる文学」以前の文学こそ熟考される。アイヌ語や沖縄語が日本語と全く対等の「列島上の言語」として重視される。源流史ならではの画期的要素である。

 話題は多彩で絢爛(けんらん)。口で語り、耳で楽しむ人々。原神話の呪術やタブーの影をやどす昔話。昔話を種子とし芽生える王朝物語。歌と楽器。紫式部が顔を出す、北畠親房や契沖、頼山陽、山田美妙や透谷も!

 見晴らしは壮大だけれど、ことばへの愛着と分析は緻密で繊細。マクロとミクロが合致するのが藤井流。そこがすばらしい。

 たとえば物語が歌をめぐる座談から生まれたことの証明に、著者が『伊勢物語』の歌を人々の問答風、なぞなぞ風に口語訳してみせる辺りなど圧巻。詩人学者のまなざしが、歌と物語の根っこをあざやかに透視する。
    −−「今週の本棚 持田叙子・評 『江戸おんな歳時記』/『日本文学源流史』」、『毎日新聞』2016年04月10日(日)付。

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