覚え書:「文化の扉:日本人と花見 梅から桜、宴の風習庶民にも」、『朝日新聞』2016年04月10日(日)付。

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文化の扉:日本人と花見 梅から桜、宴の風習庶民にも
2016年4月10日
 
日本人と花見<グラフィック・下村佳絵>

 つかの間の生の絶頂と、忍び寄る死の影。桜に寄せる日本人の美意識には特別なものがある。中でも、老若男女がこぞって繰り出す「花見」は、国民的な伝統行事として親しまれてきた。何が私たちの心を打つのか。

 今でこそ花見の主役は桜だが、奈良時代は梅だった。「万葉集」には梅を詠んだ歌の数が桜の約3倍あるという。遣唐使が持ち帰った中国渡来の梅が文化や教養の象徴と見なされ、ハイカラを好んだ貴族にもてはやされたのだろうか。「国風文化」の時代に入った平安以降、国産の桜が見直され、尊重されるようになった。

 現在のような花見が始まったのは江戸時代だ。大坂の豪商は閑静な別荘に商売相手や歌人文人を招き、料亭から料理を取り寄せたという。早咲きや遅咲きの珍しい桜も買い求められたそうだ。

 一方、将軍家のおひざ元の江戸。幕府が上野や向島飛鳥山に植樹した。政治や経済に対する庶民の不満をガス抜きするという狙いもあったという。明治以降、東京の華やかなイメージとあいまって園芸品種のソメイヨシノが人気を呼び、植樹が広がった。

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 「花より団子」派も多い。団子とはピンク、白、緑と三つの色の団子を1本の串に刺した花見団子のこと。花、雪、新芽を表すとされ、江戸時代から花見の供の定番に。地域によっては串に刺さず皿に盛っただけの団子や、茶と黒を加えた5色の花見団子もある。

 夜遅くまでのドンチャン騒ぎや無礼講の宴は論外だが、桜の下で豪華な花見弁当を開き、酒を飲むのは庶民の楽しみ。江戸時代の吉原遊郭では、花見の季節だけレンタルの桜並木が出現したそうだ。

 ウェザーニューズ社(千葉市)が昨春調査したところでは、お花見の予算は全国平均2580円。全国1位は青森県の3824円。今年3月の調査では青森で場所取り経験のある人が47%で、これも日本一だった。本州北端にようやく訪れた春。桃やリンゴも花開く華やかさが、人々の気持ちを盛り上げる。

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 時代劇でおなじみの江戸町奉行、遠山の金さん。「この桜吹雪を見忘れたか」と啖呵(たんか)を切り、片肌を脱いで桜吹雪の彫り物を見せつける。どんな効果があるのか。

 「桜吹雪は男だて、男気の象徴」と指摘するのは江戸のヒーローの世界に詳しい国立歴史民俗博物館名誉教授の高橋敏さん(76)。風に吹かれ、雨に打たれ、見事に散る花の潔さに武士道の理念が重なり、男性的イメージが強調されるようになったというのだ。

 主人公が命を閉じる場面で桜吹雪が舞うこともある。「花は咲き、はかなくも、はらはらと散っていく。そこに、もののあわれというか独特の死生観が生まれ、芝居の世界でも表現されてきた」と大衆演劇評論家の橋本正樹さん(69)。日本人の精神の基盤にある「無常観」なのだろう。京都では、桜の花が散りきったころ、真っ白な桜餅を3日間作って「花供養」とする和菓子店もある。

 (編集委員・小泉信一)

 ■美しさを超えて、闇がある 民俗情報工学研究家・井戸理恵子さん

 野外で花を観賞する習慣は海外にもあります。ただ、特定の花の開花に一喜一憂し、花が開くと大勢の人が集まって、にぎやかに飲食する「花見」は日本だけの文化です。最近は外国人観光客の姿も多いですが、もともとは家族や集落ごとに開いていました。

 サクラのサは農事をつかさどる神、クラはものを納める場所の意です。桜は「農耕の神が宿る木」なのです。つぼみが膨らむと田を鋤(す)く準備をし、満開になれば山菜が出る時期とわかる。私は日本の伝統文化を理系の視点からも研究していますが、桜は農作業をいつ始めればいいかを測るバロメーターであり、先人たちは花の咲き方、散り具合を見て豊作かどうかを占ったのではないでしょうか。

 それが、平安末期のころから、散る花に死や無常のイメージが重なってきたのです。「願はくは……」と歌った西行が73歳の生涯を閉じたのは1190年2月16日(旧暦)でした。桜は人を不安にさせ、狂わせることもあるのかもしれません。「桜の樹の下には屍体(したい)が埋まっている」と梶井基次郎は短編「桜の樹の下には」に書きました。桜は美しさを超えた存在です。闇があるのです。浮かれて騒ぐだけが花見ではありません。

 <訪ねる> 桜の名所として全国的に名高い弘前公園青森県弘前市)。江戸時代、弘前藩士が京都の嵐山からカスミザクラなどを持ち帰ったのが始まりという。市の予想では、ソメイヨシノの開花は平年より7日早い16日、満開は平年より6日早い22日。

 <種類> 日本に自生する原生種の桜はヤマザクラエドヒガンザクラなど約10種類とされ、自然交配したり園芸用に掛け合わされたりして新品種が生まれる。ソメイヨシノオオシマザクラエドヒガンザクラの交配種といわれる。

 ◆「文化の扉」は毎週日曜日に掲載します。次回は「法隆寺」の予定です。ご意見、ご要望はbunka@asahi.comメールするへ。
    −−「文化の扉:日本人と花見 梅から桜、宴の風習庶民にも」、『朝日新聞』2016年04月10日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12303800.html





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