覚え書:「今週の本棚・この3冊 メキシコ 柳下毅一郎・選」、『毎日新聞』2016年04月17日(日)付。

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今週の本棚・この3冊
メキシコ 柳下毅一郎・選

毎日新聞2016年4月17日 東京朝刊

 <1>メキシコ麻薬戦争(ヨアン・グリロ著、山本昭代訳/現代企画室/2376円)

 <2>骸骨の聖母 サンタ・ムエルテ(加藤薫著/新評論/2160円)

 <3>2666(ロベルト・ボラーニョ著、野谷文昭ほか訳/白水社/7128円)

 メキシコは死にとりつかれている。ポサダの絵によって、あるいは髑髏(どくろ)で町が覆われる「死者の日」によって知った人もいるだろう。あるいはサンタ・ムエルテ信仰によって。サンタ・ムエルテは頭巾をかぶった骸骨の像である。骸骨なのだから男女の別はないはずだが、なぜか女性とされる。サンタ・ムエルテは祈りに応えて願いを叶(かな)えてくれるという。

 サンタ・ムエルテ信仰はもちろん既成のキリスト教からははずれたものである。エスタブリッシュメントとなったカトリック教会の手からこぼれ落ちた人々を、サンタ・ムエルテは救ってくれるのだ。民衆信仰として立ち上がりつつあるサンタ・ムエルテの起源は判然としない。だが、それが流行(はや)る理由のひとつにメキシコの麻薬戦争があるのはまちがいないだろう。

 メキシコの麻薬ギャングは、コロンビア産のコカインを米国に運ぶことで成長した。2006年、カルデロン大統領が麻薬組織との対決を宣言すると、暴力が爆発した。カルデロン就任後の4年間で、麻薬戦争の死者は3万4000人に及ぶという。

 麻薬カルテル支配下におかれたメキシコには独特の「麻薬文化」が発達した。それは死の文化だ。『メキシコ麻薬戦争』では、麻薬ギャングの栄光と死を歌い上げるナルココリードや麻薬密輸業者の守護聖人ヘスス・マルベルデなどが紹介される。死が常態となり、死が賛美される社会。それこそが麻薬戦争の本当の被害なのかもしれない。サンタ・ムエルテ信仰の広がりもその流れで理解されよう。メキシコに麻薬を作らせ、銃器を輸出している−−いわば麻薬戦争をアウトソーシングしているのがアメリカだ、というのも興味深い指摘だ。

 すなわち、麻薬戦争はNAFTA(北米自由貿易協定)が産み落とした鬼子なのだとも言える。その最悪の果実がシウダード・フアレスの連続殺人である。米墨国境の工場の町では、数十年にわたり、数百人の女性が死亡、あるいは行方不明になりつづけている。犯人も動機もわからないままの殺人事件は、まるで避けようがない天災か何かのようにも感じられる。定期的に降ってくる死の中で生きるとはいかなるものだろうか? ロベルト・ボラーニョは『2666』の中でフアレス連続殺人をとりあげ、その問いに答えようとする。死は、あるいは、とても魅惑的な友ともなりうるのかもしれない。
    −−「今週の本棚・この3冊 メキシコ 柳下毅一郎・選」、『毎日新聞』2016年04月17日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:メキシコ 柳下毅一郎・選 - 毎日新聞








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