覚え書:「今週の本棚 大竹文雄・評 『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか −「世代間格差拡大」の財政的研究』=井堀利宏・著」、『毎日新聞』2016年04月24日(日)付。

Resize1947


        • -

今週の本棚
大竹文雄・評 『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか −「世代間格差拡大」の財政的研究』=井堀利宏・著

毎日新聞2016年4月24日 東京朝刊

 (ダイヤモンド社・1944円)

社会保障制度と選挙制度の大胆な改革
 増税を好む人はいない。特に、消費税増税は嫌われる。2014年4月に消費税は5%から8%に引き上げられたが、15年10月に予定されていた10%への引き上げは17年4月に先送りされた。そして、再延期が現在議論されている。

 どちらも選挙がからんでいる。15年10月の引き上げ見送りの際は、その決定と同時に衆議院が解散された。現在の消費税増税再延期論は、7月に予定されている参議院選挙を前にして行われている。消費税増税がそもそも必要なければ、嫌われるような政策提案をする必要はない。増税がどうしても必要だからこそ、国民に嫌われる提案を政府がしてきた。「財政を再建するには、収入を増やすか支出を抑制するか、どちらか(あるいは両方)しかない」のだ。しかし、選挙を前にすると政権は、増税の先延ばしの誘惑にかられる。

 これでいいのだろうか。本書の表題とは逆に、「消費税増税は正しくない」という人が多いということは、選挙の結果が表している。

 それにもかかわらず、本書には「消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか」という読者から嫌われそうなタイトルがつけられている。そこに「このままではよくない」という著者の危機感がある。著者の井堀利宏教授は、国際レベルの研究を続けてきたトップクラスの財政学者だ。

 本書は二部構成になっている。第一部は、増税しなくてもなんとかなるのではないかという議論に対する説得的な反論だ。第二部は、政治的選択が将来世代を軽視することにつながっている社会保障制度と選挙制度の大胆な改革案を示している。

 消費税増税に反対する人は、経済成長すれば財政再建は可能なのだから、景気を悪化させる増税をしないで、経済成長を目指すことが重要だ、と主張する。あるいは、財政赤字だというけれど、低い金利国債を喜んで買ってくれる人がいるのだから、日本の財政破綻を心配している人はいない、無理に増税して財政再建をする必要はない、という。

 経済成長で財政再建ができるという主張には、二つの問題点があると著者は指摘する。第一に、中長期的に名目3%以上という高めの成長率を期待すること自体が非現実的である。第二に、経済成長によって税収が自然に増えるという自然増収を高く見込み過ぎていることである。前者は、労働、資本、技術革新という供給側で長期的に決まってくると考えれば、どれもそれほど期待できない。後者の自然増収は、経済成長したときにどれだけ税収が増えるかという税収弾性値で決まってくる。日本の税制は、税率のフラット化が相当進んでいるので、その値は1だと考えるべきだ。つまり経済成長による税収増で、財政再建ができると考えるのは無理だというのだ。

 では、国債金利が低く誰も日本の財政破綻を心配していないので、財政再建の必要性がそもそもない、という意見はどうだろうか。「日銀は年間80兆円規模で国債を購入しているが、こうした日銀による国債の買い支えは永続的に可能ではない。金融が緩和されたままだと、いずれはインフレーションが進行する。そうなれば日銀が政策を転換して、金融を引き締める出口戦略を採用する。金利が上昇しはじめる。その時点でも財政状況が改善されていなければ、日銀が買い支えなくなった国債の新たな買い手はいなくなり、国債の信認は危うくなる」。この議論を否定する経済学者は少ないだろう。

 高めの経済成長と自然増収に加えて、社会保障以外の歳出を名目で15年度と同水準に維持、社会保障は毎年5000億円程度の増加に抑制すれば、増税なしでも基礎的財政収支を20年度までに黒字化できると政府は想定している。しかし、歳出の抑制は望ましいものの、国民へのサービスの低下や負担の増加を意味するので、政治的なハードルが高いことを著者は指摘している。さらに、団塊世代が70歳代後半から80歳代になり人口減少が本格化する20年以降の方が財政問題は深刻になるという。1%の技術進歩率で40年頃まで経済成長率が続くという「楽観的」なシナリオでも、人口構成の変化を取り入れた著者のシミュレーションによれば、消費税率を今よりも40%程度引き上げる必要があるというのだ。

 では、どうすればいいのだろうか。井堀氏は、社会保障制度と選挙制度について大胆な改革案を提示する。社会保障制度については、個人勘定化を提案する。具体的には、「子供である勤労世代の負担金を自分の親の年金に限定して給付する仕組み」である。この方式だと世代間の助けあいの促進にも子育て促進にもなるという。選挙制度の改革案としては、好ましい候補者を複数選ぶことができる是認投票、年齢別で区分けした世代別選挙区、所得税の使い道を納税者が指定できるようにする納税者投票の導入を提案している。このくらいの「大胆な発想に基づいた改革を実施しないと、将来世代に多くの禍根を残す」という著者の意見に評者は同意する。日本経済の将来を諦めかけている人にこそ読んでほしい。
    −−「今週の本棚 大竹文雄・評 『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか −「世代間格差拡大」の財政的研究』=井堀利宏・著」、『毎日新聞』2016年04月24日(日)付。

        • -




今週の本棚:大竹文雄・評 『消費増税は、なぜ経済学的に正しいのか −「世代間格差拡大」の財政的研究』=井堀利宏・著 - 毎日新聞



Resize1473