覚え書:「耕論:職場のストレス 高橋克徳さん、中野雅至さん、水島広子さん」、『朝日新聞』2016年04月21日(日)付。

Resize2017

        • -

耕論:職場のストレス 高橋克徳さん、中野雅至さん、水島広子さん
2016年04月21日

イラスト・下村佳絵 

 仕事を取り巻く環境の変化が激しく、先行きへの不安は増すばかり。ギスギスした人間関係がもたらす職場のストレスは解消する兆しを見せない。どうすれば変わるのか。

 ■効率化の末、崩れた信頼 高橋克徳さん(人材コンサルタント東京理科大学大学院教授)

 「ストレス職場」には大きく二つのタイプがありますログイン前の続き。

 一つは、パワハラ上司や利己的な同僚に振り回され、イライラした感情が広がる「ギスギス職場」。もう一つは、みんなが自分の仕事に追われ、お互いのことが見えなくなり、助け合うことも知恵を貸しあうこともできない「冷え冷え職場」です。

 これまで3千件以上の職場感情を診断しましたが、こうした負の感情が広がる「ストレス職場」は依然、過半数を占め、増加傾向にあります。

 ただ、以前と違うのは、イライラする感情よりも、落ち込む感情、とくにあきらめ感が増えていることです。

 どうしてこうした状況になったのでしょうか。

 バブル崩壊後、日本企業は人を抱え込む形の経営からの脱却を迫られます。余計な人は抱え込めない、無駄を省け、と。経営の効率化の名のもとに、組織の形が変わり、多くの人たちが追い込まれ、人を大切にする経営が失われていきました。

 経済が悪化していく中で、一時的に構造改革は必要だったのかもしれません。でもそこで多くの企業は、経営と社員との間、社員同士の間の「信頼」という大切な土台を失っていきます。これは同時に、ともに働く喜びや仲間の大切さ、お互いの思いを重ね、未来を切り開く組織力をも低下させていったのです。

 利便性を高めるはずのITも、信頼関係がなければ返信の遅れやちょっとした言葉づかいが誤解を生み、お互いのストレスになります。

 雇用形態や勤務形態の多様化、性別や世代の違いも、お互いを理解しあう関係づくりがなければ、ちょっとした違いが不公平感や否定感を生み出してしまいます。

 お互いを理解し、認め合い、いかしあう関係性がなければ、ITも多様な人材も組織の原動力にはなりません。

 それでは、どうしたらいいのでしょうか。まずはお互いを知ること。お互いの感情や仕事への思い、行動の背景にある考え方を知る対話を少しずつでも始めることです。

 すぐに本音で話をすることが難しくても、お互いの状況を見える化し、声をかけやすくする仕組み、お互いに関心を持てる仕掛けを意図的につくりだしていく。自然に本音を出して、価値観を共有できる職場づくりが大切です。

 ITの進化は、現場レベルでの迅速な判断とリスク管理の重要性を高めます。すべての判断を経営陣にゆだねることは不可能です。だから小さなことでも、身近な同僚に意見を聞いて、一緒に考えてもらうことが欠かせません。

 仲間と働き、進むべき方向を共有する動きがうねりになれば、未来への不安は可能性へと昇華するはずです。その先にあるのは「超ご機嫌な職場」です。(聞き手・古屋聡一)

     *

 たかはしかつのり 66年生まれ。組織変革を支援するジェイフィール社長。著書に「ワクワクする職場をつくる。」(共著)など。

 ■もっと「内向き」でいい 中野雅至さん(神戸学院大学教授・元公務員)

 厚生労働省で働いていた30代のころ、各省庁との調整に追われて睡眠は不十分。ストレスをためて、たばこを毎日吸っていました。ある日、帰宅してシャワーを浴びてから倒れるように布団に入ると、胸が苦しくて声も出なくなりました。大事には至りませんでしたが、仕事のストレスの大きさを痛感しました。

 バブル崩壊後、公務員は「民間に比べ身分も給与も安定しすぎている」とバッシングの対象になりました。それまでは、官僚の支えがあったからこそ日本は経済成長を果たしたのだと、前向きに評価されていたのが、一変したのです。「このまま働いてもいいことはないだろう」と職を辞す人も増えていきました。

 兵庫県立大学大学院で教員をしていた10年間、職場には不満もなく仕事も充実していましたが、いつかは「公立大から私立大に転職したい」と思っていました。「税金で食っている」と言われるのが嫌で仕方がなかったからです。

 多くの公務員は勤勉に真面目に仕事をしているのに、たたかれるのはなぜか。

 官民の労働条件の格差が広がったことが大きいと思います。バブル崩壊後、民間企業はリストラが相次ぎ、非正規雇用は労働者の4割に達しました。一方、ほとんどの公務員は大幅な賃下げやリストラをされることはありませんでした。また、公務員はビジネスマンのような市場での競争がないため、「リスクを取らないで安全な場所で生きている」と思われていることもあったでしょう。

 経済失速で生じた痛みやストレスが公務員バッシングに向かい、それがまたストレスに満ちた職場を生みだす。そんな負の連鎖が日本社会に染み込んでいます。

 最近はアベノミクスによる株価上昇などを背景に、バッシングが和らいだ印象はありますが、市民やマスコミが向ける視線の厳しさは変わっていません。大きな不祥事が起これば再燃するでしょう。「役所や公務員をただせば、すべてがうまくいく」という考えは根深いと思います。

 負の連鎖を断ち切るにはどうすればいいのか。一言でいえば、実践で使える現場の仕事哲学を持つことだと思います。公務員は「全体の奉仕者」といった外向きの哲学ばかり強調されてきましたが、「仕事が自分にどう役立つのか。仕事を通してどう成長すればいいのか」という内向きの哲学をそれぞれがもっと深めるべきだと思います。それは官も民もない世界です。

 哲学をもって仕事に打ち込めば、技量が磨かれ自信が生まれる。不当な批判にも動じないで腹の底から出る言葉で外の世界と向き合えるようになる。自分を大切にするという視点が、ストレスを乗り越える近道だと思っています。

 (聞き手・古屋聡一)

     *

 なかのまさし 64年生まれ。奈良県大和郡山市役所、厚生労働省などを経て14年から現職。著書に「公務員大崩落」など。

 ■恐れ手放し心を平和に 水島広子さん(精神科医・元衆議院議員

 32歳から5年間、国会議員をしていたとき、おじさんたちに囲まれて大変でしょうとよくいわれました。でも、全然、びびらなかった。精神科医として、彼らもすごい恐れを抱えていることを知っていましたから。

 上司に怒られて心がすくむ。プレゼンで声がうわずる。不安やあせり、おびえや怒り。プレッシャーをうけたとき、最初に表れる感情は、人間に備わっているごく当たり前の反応です。

 もともと人間は、ストレスとある程度まで闘えるようにできています。軽いストレスは、向きあうことで、自分のキャパシティーを広げることにもなります。でもストレスの原因を考えるとすごく落ち込み、不安になるようなら、あまり自分に厳しくしないほうがいい。大切なのが「自己肯定」と「客体化」です。

 上司に怒られたら、まずそれを相手の問題としてうけとめてみる。怒りは心の悲鳴、助けて欲しいサインなんだと。上司は困ったことになっているんだ。大変なんだな。でも、あそこまで罵倒するか、落ち込んでも仕方ないな、みたいに考えるのです。

 プレゼンで話すときも同じ。人は評価されていると意識すると、ストレスが生じます。自分でコントロールできる部分がなくなるからです。目の前にいる相手に伝えることに意識を集中させる。ストレスはゼロにはできないが、減らすことはできる。

 ただ、いまの日本は社会全体のストレス総量があまりに多い。バブル崩壊後、1990年代の後半から、とにかくみんないらいらし、不寛容な人が増えてきた。「国民総被害者」の時代です。

 よくなって診察室をあとにした患者さんが、また同じような症状で戻ってくる。これはもう社会をよくしていくほうが、人を楽にできるんじゃないか。そう思ったのが、民主党の候補者公募に手をあげたきっかけでした。

 政治家と精神科医の仕事はけっこう似ていました。人の話を聞くのと、陳情を受けるのと。学会発表と国会質問もある意味で同じようなもの。相手の感情を刺激しないように立ち回れば、立場の違う人たちとも折り合えた。

 ただ、選挙にはなじめませんでした。敵対関係として、共通点ではなく違いを強調し、相手を攻撃しないといけない。包摂ではなく排他的になる。それがいやで、医療の現場に戻ることにしました。

 いま力をいれているのは、恐れを手放し温かい心を育てること。自分の心を平和にしようという取り組みです。目標はあくまで自分の心の平和です。社会のためとか、相手のためではない。でも、そうやって一人ひとりが自分の心の姿勢に責任をもつことで、社会はよくなっていくと思っています。(聞き手・田中郁也)

     *

 みずしまひろこ 68年生まれ。00年から05年まで衆議院議員。著書に「自己肯定感、持っていますか?」など。
    −−「耕論:職場のストレス 高橋克徳さん、中野雅至さん、水島広子さん」、『朝日新聞』2016年04月21日(日)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12320312.html





Resize2005

Resize1538