覚え書:「書評:大坂落城異聞 正史と稗史の狭間から 高橋敏 著」、『東京新聞』2016年05月01日(日)付。

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大坂落城異聞 正史と稗史の狭間から 高橋敏 著

2016年5月1日
 
◆逃亡・潜伏伝承の背景
[評者]渡邊大門=歴史学者
 大坂の陣の顛末(てんまつ)は、主に一次史料(同時代の史料)に基づく「正史」と民間で語り継がれてきた「稗史(はいし)」で伝わったが、興味をそそられるのは「稗史」のほうであろう。豊臣秀頼真田信繁が生き延びて薩摩国へ逃れていた、などの逃亡・潜伏伝承はその好例である。
 大坂の陣で敗者となった豊臣関係者の史料は残るべくもなく、多くは口伝や編纂(へんさん)物、軍記物語で再現された。本書では大野治房、豊臣国松(秀頼の子)などの伝承、大坂落城後の記憶と慰霊、いくつかの「稗史」の成立事情などを分析対象として、その背景や意味を探る。
 著者の手法は、一次史料により史実を丹念に探り、改めて口伝や編纂物、軍記物語の記述を精緻に分析し、その成立事情に迫るものだ。豊臣贔屓(びいき)の「稗史」を生み出したパワーは大坂の文化力であり、江戸に対抗するものであったという。
 幕府は勝利者の側から「正史」を編纂し、その批判こそ許さないが、「稗史」を弾圧せず黙認した。「稗史」は「正史」とともに共存し、人々は両者の棲(す)み分けを容認した。こうした精神構造が「江戸二百五十年」を支えた、と著者は指摘する。豊臣関係者の逃亡・潜伏伝承は「誤り」と一笑に付されるべきものではなく、それは人々の心の奥底に伏流したパワーが結実したものだった。文化史的な観点による大坂の陣もおもしろい。
 (岩波書店・3024円)
 <たかはし・さとし> 国立歴史民俗博物館名誉教授。著書『江戸の平和力』など。
◆もう1冊 
 渡邊大門著『大坂落城 戦国終焉の舞台』(角川選書)。浪人やキリシタン、商人に焦点を当てて大坂の陣を描く。
    −−「書評:大坂落城異聞 正史と稗史の狭間から 高橋敏 著」、『東京新聞』2016年05月01日(日)付。

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大坂落城異聞――正史と稗史の狭間から
高橋 敏
岩波書店
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