覚え書:「核といのちを考える:小国、司法に問う軍縮 マーシャル諸島、保有国を提訴」、『朝日新聞』2016年04月25日(月)付。

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核といのちを考える:小国、司法に問う軍縮 マーシャル諸島保有国を提訴
2016年4月25日

(写真キャプション)ビキニ水爆実験の経験も引き合いに、「核保有国は我々との誓約を果たしていない」などと訴えるマーシャル諸島のデブルム前外相

 南太平洋の島国、人口わずか約5万人のマーシャル諸島。米国によるビキニ水爆実験の現場だったこの国が、核保有国を相手取り、「核軍縮の義務を果たしていない」と、国家間の紛争を解決する国際司法裁判所(ICJ)に訴え出た。米国やロシアは裁判に応じず、応じたのは英国とインド、パキスタンだけ。3月に開かれた口頭弁論で、「法の支配」を信じる小国の訴えに耳を傾けた。

 ■「大国が義務果たさず」

 「マーシャル諸島共和国がこの法廷へ来たのは、法の支配を信じ、それに頼っているからです」

 3月16日、オランダ・ハーグのICJ。マーシャル諸島を代表して、トニー・デブルム前外相が英国に対する最終弁論に立った。

 16人の判事が耳を傾けた。ひな壇中央にアブラハム所長(フランス)、その向かって右隣に日本の小和田恒判事が座る。

 デブルム氏は、核兵器禁止条約の締結交渉を呼びかけた国連総会決議(2013年12月)など、核軍縮を求める一連の決議にマーシャル諸島が賛成してきたことをまず挙げた。

 その上で、「我々が核不拡散条約(NPT)に加盟したのは、重大な動機からだった。その動機の一つが、英国に対するこの裁判の基礎をなすNPT第6条だ」と説明した。NPTで核保有国と認められた米国、英国、フランス、ロシア、中国の5カ国に対し、「誠実な核軍縮の交渉義務」を義務づけた条項だ。

 「NPT第6条の下で厳粛に交わした約束にもかかわらず、マーシャル諸島がNPTに加盟して以降、核軍縮にはまったく進歩がみられない。逆の流れが起きており、英国はその核軍備を近代化し、改善し、増強している」

 マーシャル諸島の訴えを支えるもう一つの柱が、ICJが1996年に示した勧告的意見だ。国連総会からの照会に対し、「核兵器の使用・威嚇は国際人道法違反」との判断を示した。

 その中でICJは、NPT第6条による核軍縮交渉の義務は、交渉を始めるだけでなく、核廃絶という結果をもたらさなければならない、と促している。

 ■応訴、3カ国のみ

 マーシャル諸島が提訴したのは14年4月。5核大国以外に、核を保有するインド、パキスタン北朝鮮と、自認していないが核保有が確実なイスラエルの計4カ国も相手取った。

 だが応訴したのは英国、インド、パキスタンだけだった。それには理由がある。この3カ国は以前、「自国への裁判をICJに起こされれば自動的に応じる」と宣言。裁判に応じる義務が生じたのだ。

 3カ国それぞれが反論書を提出し、裁判は別。口頭弁論の日程も別だった。

 議論はすれ違った。いずれの国も、自国の核軍縮義務についての議論は避けた。マーシャル諸島の訴えは要件を満たしておらず、ICJには管轄権がない、という「入り口論」で防御線を張ったのだ。

 管轄権について詳細に反論したのは英国だ。もし核軍縮に向けて交渉する気はないと言い切ってしまえば条約違反を認めることになる。そこで、マーシャル諸島が掲げる「大義」には共感してみせた。その上で「我々の間に争いはなく、この件は法廷に持ち込まれるべきではなかった」と主張した。

 「ICJへの提訴まで、マーシャル諸島から二国間交渉で不満を伝えられていない。提訴の時点で係争が存在しなかった以上、ICJには管轄権がない」

 インド、パキスタンの主張も、大筋では英国と同様だった。インドはビキニ水爆実験について「実験を実施した国(米国)が法廷にいないのに、インドが立たされている」と反論した。

 マーシャル諸島のデブルム前外相は、弁論終了後、朝日新聞の取材に応じた。「ここに来ただけでも、我々のような小国にとっては大きな成果だ」。管轄権で争った3カ国の姿勢を「もし彼らが主張するように、何も恥ずべき点がないのなら、なぜ法廷で討議することを恐れるのか」と批判した。

 核兵器にからむ裁判でICJが判断を示すのは、使用・威嚇を国際人道法違反とした96年の勧告的意見以来で、異例だ。口頭弁論の3〜6カ月後には決定が出るとみられている。もしICJが管轄権を認めれば、3カ国の核軍縮についての審理へ移る。認めなければ、裁判はそれで終わりになる。(ハーグ=梅原季哉)

 ◆キーワード

 <マーシャル諸島> 太平洋ミクロネシア海域に浮かぶ島々からなる共和国。19世紀末はドイツ領だったが、第1次世界大戦開戦後に日本が占領し、1920年から委任統治第2次大戦後、国連信託統治領として米国の施政下に。日本の漁船第五福竜丸も含む多大な人的被害を出した54年3月のビキニ水爆を始め67回の核実験で国土が使われた。86年独立。91年に国連へ加盟したが、米国との協定により、米国が防衛を負担する代わり、一部の環礁をミサイル実験場として使用している。
    −−「核といのちを考える:小国、司法に問う軍縮 マーシャル諸島保有国を提訴」、『朝日新聞』2016年04月25日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12327141.html





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