覚え書:「憲法を考える:自民改憲草案・個人と人:中 『利己主義』の抑え役、本来は」、『朝日新聞』2016年04月27日(水)付。

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憲法を考える:自民改憲草案・個人と人:中 「利己主義」の抑え役、本来は
2016年04月27日

 たかが1文字、されど1文字。自民党改正草案13条は、現行憲法の「個人」から「個」が削られ、「全て国民は、人として尊重される」となっている。

 憲法には「権利」という言葉が20回以上でてくるのに「義務」という言葉は数回しかない。この権利偏重の憲法が「行きすぎた個人主義」を育み、利己的な今の社会を作った――。

 憲法学者小林節・慶応大学名誉教授によると、こうした考え方は、自民党議員の間で広く共有されているという。「30年近く自民党議員と議論してきたが、もはや、自民党の中の『常識』ですよ」

 2004年に自民党憲法改正プロジェクトチームが出した「論点整理」では、「近代憲法が立脚する『個人主義』が『利己主義』に変質させられた結果、家族や共同体の破壊につながった」と分析する。自民党改憲草案づくりに携わった礒崎陽輔・前首相補佐官も、憲法13条の「すべて国民は、個人として尊重される」という文言が「個人主義を助長してきた嫌いがある」とホームページに書いた。しかし、現行憲法ができる前の社会は「利己的」ではなかったのだろうか。

 「明治憲法下では、社会福祉を定めた条項もなく、炭鉱の過酷労働など、強者や権力者が『利己的』にやりたい放題の社会だった。それを変えたのが、権力に対する『個人』の尊重という考えだったのですが……」と小林さんは言う。

 個人主義と利己的な社会と憲法。その関係を考えたいと、静岡大学に笹沼弘志教授を訪ねた。研究のかたわら、ホームレスの人々の法律相談に20年以上のっている憲法学者だ。

 「多くの路上生活者の自意識は『究極の個人主義者』ですよ」

 笹沼さんが生活保護を受けるよう勧めると、「生活保護をもらうやつは怠け者」「仕事さえあれば何とかなる」という返事が返ってくることが多い。「自立しなければという強迫観念に近い思いを抱えている。ただそれは、『世間の常識』を彼らが内面化した結果です」

 考えてみたい。

 餓死寸前で救急車が呼ばれたのに、病院への搬送を拒否され、市役所で非常食の米だけを渡されて、そのまま亡くなった静岡県の女性がいた。

 彼女は、確かに人である。だが本当に、生命や自由や幸福追求の権利を持った「個人」として生きているといえるだろうか。笹沼さんは言う。

 「自民党草案の前文は『活力ある経済活動を通じて国を成長させる』と、国民の、国への貢献を強調しています。国の成長が何よりも優先する、役に立たない人間の面倒を国が見る必要はない、そうした『常識』が『個人』の尊厳を傷つけ、社会の公正さを損なわせている。そのことを私たちに気づかせてくれる物差し、それが憲法です」

 真に一人一人が「個人」として生きるということはどういうことか。「個人」を「人」に変えようとする自民党改憲草案もまた、私たちに問いかけているのかもしれない。

 (守真弓)
    −−「憲法を考える:自民改憲草案・個人と人:中 『利己主義』の抑え役、本来は」、『朝日新聞』2016年04月27日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12330307.html


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