覚え書:「書評:希望のヴァイオリン ジェイムズ・A・グライムズ 著」、『東京新聞』2016年05月08日(日)付。

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希望のヴァイオリン ジェイムズ・A・グライムズ 著

2016年5月8日


◆暗い時代の記憶刻む
[評者]川成洋=法政大名誉教授

 ヴァイオリンの起源説の一つに、一四九二年にスペインから国外追放されたユダヤ人が作り出したという逸話がある。以降寄る辺なきユダヤ人はヴァイオリンを人生の同伴者として扱い、幾多の世界屈指のヴァイオリニストを輩出してきた。では、第二次大戦期にユダヤ人とヴァイオリンの関係はどうだったのか。
 一九三九年にパレスチナで生まれたアムノンは、父の後を継いで弦楽器製作者となる。縁者でナチスの犠牲になったのは四百人もいたという。戦後、彼の工房にホロコーストを生き延びたヴァイオリンが修理に持ち込まれる。「希望のヴァイオリン」プロジェクトの発端であった。そのヴァイオリンには各々(おのおの)関係者の苦難の人生と記憶が刻印されている。
 例えば強制収容所での、護送されたユダヤ人の到着時、労役隊の隊列が出入りする時、毒ガスを浴びた女性の悲鳴をかき消す時、処刑や点呼に際して、囚人服のオーケストラは勇壮な行進曲を演奏した。それでもユダヤ人にとってささやかな「救世主」だったろう。そんな幾つかの演奏家の逸話が本書で紹介される。
 昨年一月、アウシュヴィッツ解放七十年を記念して、ホロコーストの犠牲者が遺(のこ)した十五挺(ちょう)のヴァイオリンと一挺のチェロをベルリン・フィルが演奏した。人類史上もっとも暗い時代の慰めとなった音楽。いつまでも銘記しておきたい。
 (宇丹貴代実訳、白水社・3024円)
 <James A.Grymes> アメリカの音楽学者・ノースカロライナ大教授。
◆もう1冊 
 S・ラックスほか著『アウシュヴィッツの音楽隊』(大久保喬樹訳・音楽之友社)。ドイツとユダヤ両民族の愛憎劇。
    −−「書評:希望のヴァイオリン ジェイムズ・A・グライムズ 著」、『東京新聞』2016年05月08日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2016050802000173.html



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