覚え書:「論点 iPhoneのロック解除」、『毎日新聞』2016年04月27日(水)付。

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論点
iPhoneのロック解除

毎日新聞2016年4月27日 東京朝刊

店頭に並ぶアイフォーン(iPhone)の「6s」や「6s Plus」=東京都千代田区で2015年9月25日午前8時半、喜屋武真之介撮影



 世界的に人気のスマートフォン「iPhone(アイフォーン)」のロック解除をめぐり、米連邦捜査局FBI)と製造元のアップル社が対立している。優先すべきなのは、犯罪捜査か、それともプライバシー保護か。米国での議論は、アイフォーンが普及している日本にとっても決して無関係ではない。


星周一郎・首都大学東京教授
ネット社会の捜査、過渡期 星周一郎・首都大学東京教授
 インターネットやデジタルデバイスが普及し、社会と社会構造が大きく変化した。それと同時に、ネットを使った犯罪が当たり前になっている。犯罪者はネットやデジタル端末を利用し、証拠もそこにある。ネットが特別な存在でなくなり、それを前提にした犯罪捜査の制度や解釈を組み立てていかなければならないが、今は過渡期にある。iPhone(アイフォーン)のロック解除の是非を巡る議論は、それを浮き彫りにした。

 リアル社会では、警察が容疑者の家に行き、金庫に鍵がかかっている場合、令状を取り、鍵の専門家や金庫のメーカーを呼んで金庫を開けてもらうこともある。米連邦捜査局FBI)が容疑者のアイフォーンの中身を調べるため、アップルにロック解除を要請するという発想自体はそれほどおかしくない。これに対しアップルは、ロック解除のソフトを作れば世の中全てのアイフォーンの中身を見られる「マスターキー」になってしまう、として協力を拒んだ。「開ける」という意味が従来とデジタル社会では違ってきている。

 デジタル端末は、使い方にもよるが、持ち主のあらゆる情報が入っている。捜査当局が現在の令状の枠組みで、事件に関係のある部分だけを抜き出すことができるか、という問題がある。その意味で、現状のやり方ではプライバシーを侵害する可能性が高いので、安易に踏み込めない、というところがある。一方、テロもネット社会で変わりつつある。今まではテロ組織に属するメンバーの犯行が中心だったが、ネットを通じて過激主義のサイトに簡単にアクセスできるようになった若者が感化され、当局も把握できないローンウルフ(一匹オオカミ)型のテロリストが生まれている。テロを防ぐ必要性が、従来と質的に異なってきているのは間違いない。

 どこまで個人のプライバシーや権利利益を守り、どこまで捜査の必要性を認めるかは、最終的に世論の最大公約数で決めていく話だ。米国の世論調査によると、5割以上がロック解除を支持している。これはテロに対する恐怖感の強さの表れかもしれない。それでも4割が解除に反対しており、コンセンサスは得られていない。

 日本でも今回のような問題は当然出てくるだろう。ロック解除の是非は本来、法に基づき裁判所が判断すること。現在はデジタル時代に見合った刑事訴訟に関する法制度が不十分なので、裁判所は現行法の解釈という形でやらなければならないが、できれば国会で新たな事態に対応した法律を作るのが望ましい。

 保護すべきプライバシーに対する感覚も、時代によって変わってくる。個人情報保護が要請される一方、ストーカー対策などで男女間のプライベートな領域への警察の介入といった、かつては考えられなかった対応も求められる。こうした変化が生じたのは、世論が変わったから。ロック解除についても、リアルだけの社会からネットが当然の社会に移行しつつあるなか、国民の間でコンセンサスができあがることで、新しい枠組みも見えてくるだろう。【聞き手・田中洋之】


大久保隆夫・情報セキュリティ大学院大教授
情報取り出す穴は危険 大久保隆夫・情報セキュリティ大学院大教授
 米連邦捜査局FBI)が要求していたiPhone(アイフォーン)のロック解除は、個人情報を保護するため、せっかく安全に作ったアイフォーンの基本ソフトに穴を開けることを意味する。

 アイフォーンは、ロックを解除するためのパスコードを10回間違えて入力すると、内部のデータが消去される。基本ソフト「iOS」の設定によるものだ。FBIは何度でもパスコードを入力できるよう基本ソフトの設定を変更することを要求していた。

 だが、パスコードとは別に、個人情報を取り出せる穴を作るのは危険だ。基本ソフトはどのアイフォーンにも共通している。情報を盗もうとするハッカーは、そうした穴を狙っている。

 他のアイフォーンにも個人情報が盗まれる危険が及ぶ恐れがある。FBIの要求はやり過ぎだと感じた。アップルが要求を拒否したことは理解できる。仕事でもアイフォーンを使っている人がいるのは、会社や組織の機密情報が入っていても、それが保護されていると思うからだ。アップル以外の企業も同様だ。マイクロソフトの基本ソフト「ウィンドウズ」も情報が暗号化されている。パスコード以外ではロック解除できない。FBIの要求通りに基本ソフトを更新すると、情報が暗号で保護されていた意味がなくなってしまう。

 一方、アップルが過去にアイフォーン利用者の情報を捜査機関に提供した事例があると聞いている。利用者が端末の情報をバックアップするためアップルのネットワーク上で保存している場合だ。利用者の同意を得て、アップルが情報を保管する仕組みで、これが提供の前提になったと思われる。しかし、今回のケースは、利用者の同意を得ているわけではない。

 FBIはその後、ロック解除に成功したとしている。独自に解除ができるのなら、なぜアップルに解除を要求したのか疑念が湧く。裏に別の意図があったのではと感じてしまう。アップルが要求に応じていれば、それを根拠にFBIは他の企業に対しても、ロック解除しやすい基本ソフトへの更新を要求しやすくなっていた可能性があるだろう。

 警察にとっては非常に難しい状況になっている。暗号化技術は日々進歩している。捜査側がメーカーに暗号解読を求めても、パスコード以外では暗号を解除できないケースが増えていく可能性が高い。このため、警察にとって、基本ソフトの更新が重要な意味を持つようになっている。

 テロも増えており、テロ対策と個人情報保護のどちらを優先するかは非常に難しい問題となるだろう。ロック解除はテロ対策目的に限定することも考えられるだろうが、FBIはテロ以外の犯罪でも解除要求をしているようだ。実効性のある歯止めが可能だろうか。

 ロック解除がどうしても必要な事態に備えて、現在は利用者しか知らないパスコードをアップルなどのメーカーにも教えるようにしたり、第三者機関に預けたりするなどの措置も考えられる。だが、メーカーや第三者機関がハッカーに狙われる危険性がある。【聞き手・片平知宏】


ジョン・ビラセノー カリフォルニア大ロサンゼルス校教授
議会が法律作り判断を ジョン・ビラセノー カリフォルニア大ロサンゼルス校教授
 テロ犯罪の容疑者が使用していたiPhone(アイフォーン)を巡り、米連邦捜査局FBI)がアップルに対し、ロックを解除して捜査に協力するよう求めた法廷闘争では、いくつかの論点が浮かび上がった。

 第一に、アップルなどの事業者はそもそも「(ロック解除)論争」から逃れることができるのか、ということである。ねじ回しを売った店が「販売しただけだ」と言い逃れるように。だがアップルは端末の利用者にデータ共有サービスや通信機能を提供しており、FBIは販売後も顧客に関わり続けていると主張した。

 第二に、こうしたFBIの要求が事業者への「不当な負担」に当たるのかも問われた。アップルによると、今回のような新たなソフト開発には10人の技術者が4週間をかけて取り組む必要があるという。しかもソフト出現により、今後は(テロ容疑者の)一つの端末だけでなく、全てのアイフォーンに(捜査当局が)入り込めることになる。このため、アップルは「不当な負担だ」と反発した。

 ただ、ロック解除にアップルの「助け」が本来必要なのかどうか。FBIは結局、独自に解除できたと明かした。将来、これが事業者の助けは不要だという先例となり、政府に不利となるかもしれない。一方、アップルにも痛手があった。「セキュリティーを脅かす」として解除を拒否していたのに、第三者が解除できたからだ。

 今回の件が論争を呼んだのは、FBIがアップルにロック解除の新しいソフトを作成させようとしたことにある。単なる「情報開示」の問題ではなかった。押収したアイフォーンから情報を得るには、暗証番号を入力してロックを解除する必要があるが、入力を繰り返し誤ると、データが消える可能性があるからだ。ただ、FBIがこうした要求の根拠にしたのは、200年以上も前に制定された「全令状法」という法律だった。

 アップルが解除に応じなかったのは、危険な前例となることを恐れたことにある。例えば、ニューヨークの検察は(別の捜査で押収し)データにアクセスできないアイフォーンが175台あるという。テロ防止を目的にしたデータ抽出に反対する人はほとんどいないだろうが、薬物や詐欺のような犯罪もある。アップルは(法の行使を左右する)事実上の警察力になりたくないのだ。また、他の企業が外国政府に協力を命じられる可能性がある。独裁的な国家が反体制派の電話に侵入を命じるとしたらどうだろうか。

 法廷闘争は判決を待たずに収束した。その結果「政府が端末情報へのアクセスで(事業者に)どこまで強制できるのか」という重大な判断は残されたままとなった。プライバシーか安全か。また政府が情報端末にアクセスする範囲を誰が決めるのか。FBIのコミー長官は「企業でもFBIでもない。米国民が解決すべきだ」と指摘した。これまで議会が通信傍受支援法など新しい法律を制定してきたように、裁判所ではなく、議会による立法が求められる。【聞き手・ロサンゼルス長野宏美】

法廷闘争に発展
 米司法省は昨年12月に米カリフォルニア州で発生した銃乱射テロ事件の捜査のため、容疑者が保有していたアイフォーンのロック解除を製造元のアップルに要求。これに対しアップルは個人情報の保護がリスクにさらされるとして拒否し、法廷闘争に発展していた。米連邦捜査局FBI)が3月、独自にロックを解除したことで訴訟はとりあえず落着したが、司法省は他の事件でアイフォーンのロック解除要請を継続する考えを示している。

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 ■人物略歴

ほし・しゅういちろう
 1969年生まれ。東京都立大法学部卒。信州大准教授などを経て現職。専門は刑法・刑事訴訟法。2014年設立の一般財団法人・日本サイバー犯罪対策センターの理事を務める。

 ■人物略歴

おおくぼ・たかお
 1966年生まれ。東京工業大大学院修了。富士通研究所を経て2009年に情報セキュリティ大学院大で博士号(情報学)取得。14年から現職。京都府警サイバー犯罪対策研究会会員。

 ■人物略歴

John Villasenor
 1964年生まれ。公共政策大学院で公共政策、電子工学、経営学の教授。世界経済フォーラムのサイバーセキュリティーと外交問題の委員会メンバー。
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