覚え書:「話そかな、:3 話すな、「公平」の下に」、『朝日新聞』2016年05月01日(日)付。

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話そかな、:3)話すな、「公平」の下に
2016年5月1日 
 
グラフィック・山本美雪
 ■「みる・きく・はなす」はいま

 「どうしたら平和になれるかと先人たちが考えた結晶が日本国憲法。だからとても格調高い言葉なんです」。東京都三鷹市で1月にあった「憲法を記念する市民のつどい」で、国語学者金田一秀穂・杏林大教授(62)はそう話した。

 つどいは1980年から続く。「憲法を暮らしに生かそう」と、市と市民団体が共催し、作家の大江健三郎氏らが講演してきた。

 「小さな頃から憲法が好き」という金田一さんは当初から、国語学者として「憲法で使われている日本語について話そう」と思っていた。ところが、事務局だった市の幹部らは金田一さんを事前に2度訪ね、こんな「お願い」をした。

 「取り立てて9条そのものを話すのは避け、国語学者の立場から憲法を話して下さい」。理由をこう言った。「安保法制がある中で、市が特定の立場だと誤解されたくない」

 幹部らは、前回の講師が「9条を守りたい」と発言し、市議会で問題視されたことも説明した。つどいを批判してきた自民党の吉野和之市議(63)は「講師が毎年、護憲に偏っている。税金を使う以上、違う考えの講師も呼ぶべきで、それが公平だ」と話す。

 市の「お願い」を、金田一さんは「問題を起こしたくないんだな」と受け止めた。「異論が出るのが健全な民主主義なのに、もめるのを問題視するとは。意識せずに同調圧力に加担しているのかも」

 清原慶子市長(64)は「経緯を伝えるのは当然で、圧力を掛ける意思は全くない。広く憲法をひもといてほしいとの思いで、言論の自由は何より尊重している」と説明。案内状に9条の条文を明記したことも強調した。一方、「お願い」した幹部の一人は「周辺自治体が憲法行事をやめる中、つどいを続けるには慎重にやりたい」と話す。

 5月14日の次回のつどいの講師は、地方自治の専門家。経緯を知る市職員は自嘲気味に言った。「地方自治なら、風当たりが強くないから」

    *

 「公平」や「中立」を訴える声が、時として自由な言動を縛る。

 参院で安全保障関連法案が審議されていた昨年8月31日。北海道美瑛(びえい)町で、「皆で考えよう安全保障法案」と題した折り込みチラシが2千戸余に届いた。

 映画「幸福の黄色いハンカチ」になぞらえた黄色の紙に、「今の平和と幸せを次世代につなげたい。私たち美瑛町社会福祉協議会は争いのない助けあいの社会を目ざします」とあった。

 町社協は介護支援などを担う社会福祉法人。ある理事は「戦争は福祉の対極。看過できなかった」。

 1万人の町でチラシは波紋を呼んだ。自民党美瑛支部は「政治的活動」とみなし、中心となった理事らの辞任を求める要望書を社協に出した。社協はいったんは、「啓発活動だ」と突っぱねたが、すぐに謝罪。要望された3人を含む理事4人が辞任した。

 社協の村上和男会長(71)はこの間、釈明に回った。チラシを問題視する商工会の幹部に「これは自民党ではなく町民の声だ」と言われ、思った。

 「自民支持者の多くは企業や商店街。社協はその寄付が頼りなのに、敵に回しては立ちゆかなくなる」

 自民支部井内豊・前幹事長(72)は「政治的中立であるべき社協が正しい姿になるよう、参考意見を出したまでだ。圧力かどうかは受け取り方次第」と話す。社協の村上会長も取材には「政治的圧力ではない」と首を振った。

 だが、辞任に追い込まれた理事の一人は納得がいかない。「自らの行為を否定し、自粛して謝る。圧力は組織の内部にもある」
    −−「話そかな、:3 話すな、「公平」の下に」、『朝日新聞』2016年05月01日(日)付。

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(話そかな、:3)話すな、「公平」の下に:朝日新聞デジタル





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