覚え書:「【書く人】世界に通ずる移民物語 ジュリー・オオツカ著『屋根裏の仏さま』 共訳者・小竹由美子さん(62)」、『東京新聞』2016年06月05日(日)付。

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【書く人】

世界に通ずる移民物語 ジュリー・オオツカ著『屋根裏の仏さま』 共訳者・小竹由美子さん(62)

2016年6月5日

 
 二十世紀初頭、写真によるお見合いや文通だけで結婚を決め、米国に渡った日本の娘たちがいた。待っていた日本人移民の夫たちは、写真より年を取っていたり、聞かされていたような職業でなかったり−。本書は史実に基づくフィクション。娘たちのささやきのような一人称複数の主語「わたしたち」の語りからは、失望で始まる異国での労働や差別、戦争といった運命が浮かび上がる。
 米国の日系三世による二〇一一年刊行の原書は、全米図書賞の最終候補作となった。「特定の『わたし』や『わたし』を含むグループの美談でなく、結婚から逃げたり、娼婦(しょうふ)になったりした人も含め、大勢の女性の生き方をすくい上げている」と引き込まれた。
 邦訳を強く推し、年下ながら翻訳家としては先輩にあたる岩本正恵さんが道半ばで一四年に亡くなり、編集者を介して仕事を継いだ。
 一九九五年に翻訳家デビュー後、カナダのアリス・マンローさん(二〇一三年にノーベル文学賞受賞)らの邦訳を手掛けてきたが、共訳は初めて。「訳すときは二百パーセント読み込み、作者の無意識の表現まで掘り下げる。今回はさらに、岩本さんの足跡を踏み外さないよう心掛けた」と振り返る。
 娘たちが収容施設に送られた後も、屋根裏の片隅でほほ笑む仏さまは、日本人のアイデンティティーを表す。一方で、原書には「Japan」「Japanese」の言葉が極端に少ない。著者の「日系という枠を超えた移民物語」との意向をくみ、普通なら言葉を補い「日本人の男たちは」と訳す文章も「わたしたちの同胞の男たちは」とした。
 子どもの頃から邦訳小説や英語が好きだった。早稲田大法学部を卒業後、結婚を機に移り住んだ夫の故郷の香川県で、三人の子を育てながら主婦の英語勉強会や同県語学研修センターに通い、英検一級を取得した。予備校の英語講師を経て翻訳家の道に入った。
 「世界ではシリア難民、国内でもヘイトスピーチが問題になっており、移民を考える上でタイムリーな出版になりました」。自身、父親が転勤族で東京、大阪、名古屋など見知らぬ土地を転々とした経験を持つ。「内向き志向で日本に安住するのではなく、海外文学で違和感を楽しむ素地を育んで」と提案する。
 新潮社・一八三六円。 (谷知佳)
    −−「【書く人】世界に通ずる移民物語 ジュリー・オオツカ著『屋根裏の仏さま』 共訳者・小竹由美子さん(62)」、『東京新聞』2016年06月05日(日)付。

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