覚え書:「書評:科学の発見 スティーヴン・ワインバーグ 著」、『東京新聞』2016年06月19日(日)付。

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科学の発見 スティーヴン・ワインバーグ 著

2016年6月19日

◆世界を解く理論の単純さ
[評者]金子務=科学史
 現代科学の第一人者による道場破りの、周到な科学史本である。物理中心主義、還元論万歳の確信犯によるだけに、一読して痛快、科学者志望の若者には、巻末の手厚いテクニカルノートともども刺激的な教科書になろう。
 曲者(くせもの)の著者曰(いわ)く。歴史的コンテキストの理解など知ったことか、いつの時代であれ大事なことは、世界を理解し説明すること、何を問題にしどう迫るかその方法を見つけること。科学的理論なら検証可能な命題を出し、観測実験で立証されたし。歴史家から見て無理難題、無体な要請が本書の宝刀だ。
 科学の発展を妨げた思考法には手厳しい。神話・神学や哲学に染まったデカルト(虹理論はよい)、ベーコンにも遠慮はない。世界の根源は水だ、火だと唱えた古代ギリシアの哲人らは単なる詩人、と一蹴。五種の正多面体で宇宙を説明したプラトンでさえ、科学と数学を区別せず証明を省く無頓着さが斬られる。アリストテレスも地球が丸いと見たのは卓見だが、その「愚かな」運動論は斜面の実験(現代加速器の元祖!)でガリレオに反駁(はんばく)されるまで、二千年支配した。
 逆にアルキメデスら、ムセイオンを中心とするヘレニズム科学の評価は高い。全てを説明しようとする万物理論から撤収し、理論がうまく機能する喜びに浸ったためだ。この古代ギリシアとエジプトの関係は後の西欧と米国の関係を思わせる、との指摘が面白い。
 プラトンの問いに発したアポロニウスら弟子たちの奮闘で、複雑な円を組み合わせて語るプトレマイオス天動説に対して、幾何学的には同等なコペルニクス地動説が選ばれたのは、現代科学に通用する「シンプル・イズ・ベスト」という美的判断による。大統一理論を目指す現代の弦理論も確かめようがないが、同じく美的判断で支持されている。ニュートン理論はいまの素粒子論でいう「標準理論」にあたるという。暗黒物質などの難問を前に思案に暮れる現代科学者、迂回(うかい)の一書である。
 (赤根洋子訳、文芸春秋・2106円)
 <Steven Weinberg> 1933年生まれ。ノーベル賞を受賞した米国の物理学者。
◆もう1冊
 D・ジャカール著『アラビア科学の歴史』(遠藤ゆかり訳・創元社)。中世の七百年間に高水準の科学を実現したイスラムの科学を解説。
    −−「書評:科学の発見 スティーヴン・ワインバーグ 著」、『東京新聞』2016年06月19日(日)付。

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