覚え書:「非核、世界へ読み継ぐ 吉永小百合・坂本龍一、朗読会 核といのちを考える」、『朝日新聞』2016年05月13日(金)付。

        • -

非核、世界へ読み継ぐ 吉永小百合坂本龍一、朗読会 核といのちを考える
2016年5月13日

詩を朗読する吉永小百合さん

 平和を願う小さな集会。初めて読み上げた原爆の詩に胸打たれ、「読み続けていかねば」と思った。それから30年。俳優の吉永小百合さんが3日(日本時間4日)、カナダ西部のバンクーバーで原爆の詩や原発事故に見舞われた福島の人々の詩12編を朗読した。吉永さんとピアノ伴奏した音楽家坂本龍一さんが次世代へ伝えたのは、「核なき世界」への願いだった。

坂本龍一さん「核と人類、共存できぬ」共感
特集:核といのちを考える
 朗読会は「The Second Movement in Canada」(カナダにおける「第二楽章」)と題し、ブリティッシュコロンビア大学(UBC)で開かれた。核兵器原発による「核」の被害を受けた日本から発せられたメッセージ。聴き入った学生ら約200人は様々な思いで受け止めた。

 ■若い世代へ、原爆も福島も 吉永小百合さん、心に染みるように

 新緑がまぶしいバンクーバー。世界から学生が集うUBCの円形ホール「チャン・センター」の舞台に、白いジャケットに身を包んだ吉永小百合さんが現れた。

 《ちちをかえせ ははをかえせ》

 原爆詩人・峠三吉の「原爆詩集 序」を読み始めた吉永さんの声が、静かに、そして、ゆっくりと広がっていく。

 Give me back my fa−ther

 Give me back my mo−ther

 日本語に続いて、英語でも朗読した。一つ一つの言葉が学生らの心に刻まれるように、その声は会場に響きわたり、染み込んでいった。

 吉永さんと原爆詩との出会いは1986年だった。東京・渋谷の山手教会で開かれた平和を願う集会に招かれた。「読めるものを読んでください」。そう言われ、被爆した人たちがつむいだ詩の中から峠三吉の詩を選んだ。読みながら自らが感動した。「読み続けていかなきゃいけない」。俳優の仕事の合間をぬい、朗読会に足を運んできた。

 UBCでは「序」のほかに、学生からのリクエストを受けた原民喜の「永遠(とわ)のみどり」を語りかけるように読んだ。原爆詩人の作品を読むこと、そして読み続けることは、つらく、身を削られるようにも感じる。

 「(原爆を)体験していないけれど、(読む)自分の身も尋常ではなくなってしまいそうな気がすることがあるのです」。朗読会のあとのインタビューで語った。

     *

 《かなしみの国に雪が降りつむ かなしみを糧として生きよと雪が降りつむ 失いつくしたものの上に雪が降りつむ》

 吉永さんは、終戦から3年後に詩人の永瀬清子が発表した「降りつむ」も読んだ。復興に動き始めた時期。戦争で多くを失い、つらい思いをしている人々に心を寄せ、励ます詩とされる。平和を願い、皇后の美智子さまが手がけた英訳はUBCの女子学生が朗読した。

 2011年3月に東京電力福島第一原発で事故が起き、日本は再び「核」の被害にさらされた。被爆地で原爆詩が生まれたように、福島でも詩人や主婦、子どもが新たに詩をうみだしている。

 広島と長崎、福島はつながっている——。吉永さんは、福島のいまと未来をつづる詩に共感した。子どもたちと詩をつくる和合亮一さん、故郷からの避難を強いられた佐藤紫華子(しげこ)さん……。忘れない、伝えたい。バンクーバーで若い世代に託した。

 「戦後70年をこえた今年が大事。私たちができる小さなことがつながり、希望が出てくるのではないでしょうか」

 ■吉永小百合さんが朗読した詩

峠三吉  「原爆詩集 序」(日本語と英語で)

栗原貞子 「生ましめんかな」(英語で)

原民喜  「永遠のみどり」(英語と日本語で)

・永瀬清子 「降りつむ」(日本語で。英訳はブリティッシュコロンビア大=UBC=生が朗読)

和合亮一 「詩ノ黙礼」より3編(同)

・佐藤紫華子「ふるさと」(同)

吉田桃子 「あなたの手と私の手を」(同)

・小原隆史 「福島」(同)

和合亮一 「五年」(同)

和合亮一 「かえろう」(同)

 〈※朗読前にUBC生が英訳詩(佐藤紫華子)を読み上げ、坂本龍一さんもスピーチ。「降りつむ」の後に坂本さんのソロ演奏〉

 ■無念感じた/言葉分からなくても

 会場にいた人たちに感想を尋ねた。

 ◆ブリティッシュコロンビア大(UBC)生でカナダ人のブラット・ヌグマノフさん(24) 言葉にならないほど心が揺さぶられました。朗読と坂本さんの奏でるはかない音色に(核の)犠牲者の無念が感じられました。「生ましめんかな」は原爆で多くの命が終わっていく中、母親は生もうとし、産婆さんは生ませようとする。命をつくろうとすることが印象的。この詩と福島の詩を聞き、3・11の後、日本が立ち上がろうとする姿と重なりました。

 ◆UBC生のアリーナ・ソールハイムさん(25) 詩と音楽のコンビネーションが胸にじんときて、「非核」のメッセージが伝わってきました。「かえせ」「かえせ」と短いフレーズが繰り返される「序」に心がふるえました。

 ◆UBCに通う中国人留学生の蘇玉さん(22) 「福島」という詩は子どもの視点だから正直でよかった。朗読会に取り組む人たちの誠実さが心に届きました。

 ◆UBC講師の米国人、ベン・ウェーリーさん(32) 吉永さんの声が楽器のよう。被爆者の傷を感じることが、体験していない人間にとって大切。今回の朗読と音楽は、日本の言葉が分からなくても伝わってきました。

 ◆広島で被爆し、カナダに住むランメル幸(さち)さん(78) 父も犠牲になりました。原爆が語られることは少なく、手記もあまり出ていないカナダで開かれてうれしい。犠牲者の魂が飛んでいるようでした。

 <第二楽章(The Second Movement)> 吉永小百合さんが1986年から朗読してきた広島、長崎、沖縄、福島の詩などを収録したCDや書籍のタイトル。第一楽章のアレグロ(快速に)ではなく、柔らかい口調で人の心に染み入るアンダンテ(歩くような速さ)で次世代に伝えたいとの思いが込められ、企画、構成、朗読のすべてを吉永さん自身が務める。このシリーズには、スタジオジブリ美術監督を務めた男鹿和雄さんの風景画が添えられている。

 (19面に続く)

    −−「非核、世界へ読み継ぐ 吉永小百合坂本龍一、朗読会 核といのちを考える」、『朝日新聞』2016年05月13日(金)付。

        • -

http://www.asahi.com/articles/DA3S12354004.html

        • -

坂本龍一さん「核と人類、共存できぬ」共感 核といのちを考える
2016年5月13日

ピアノで伴奏する坂本龍一さん

 (18面から続く)

非核、世界へ読み継ぐ 吉永小百合さん
特集:核といのちを考える
 「核と人類は共存できない、という吉永さんの強い信念に共感します。将来、人々が核兵器原発に苦しまないことを願います」。坂本龍一さんは吉永さんを迎える舞台で、学生らに英語で語りかけた。

 坂本さんは約50曲の譜面を携えてバンクーバーへ。ところが「リハーサル中、(吉永さんが朗読会の前半に読む)原爆詩のところで即興をしようという曲が浮かんで」。それは譜面を持ってきていなかったバッハの「コラール」だった。これをもとに急きょ譜面を書き、厳粛な旋律を奏でた。

 後半の福島の詩の朗読では子どもたちの顔が浮かんだ。5年前の震災で楽器が壊されたり、津波で流されたり……。つらい経験を持つ東北の子どもたち103人による「東北ユースオーケストラ」を立ち上げ、指導にあたってきたからだ。

 原発事故のあと、放射線との因果関係については見方が分かれているが、福島県では甲状腺がん、あるいはその疑いがあると診断された子どもは167人(福島県民健康調査)。オーケストラメンバーの7割も福島の子どもたちだ。

 「『遠い所に避難したほうがいい』と言いたい気持ちはありますが、安易には言えない」。中咽頭(いんとう)がんの闘病を経て3月に子どもたちとの公演を果たした坂本さんは、朗読会のあとに吉永さんと共に応じたインタビューで心境を明かした。

 原発事故が起きた2011年に英国で吉永さんと朗読会を開いたが、事故後にあった「日本社会が変わる兆し」が見えなくなったと感じる坂本さん。今回はより切実な気持ちで臨んだという。吉永さんからは「次もご一緒できれば」とお願いされた。「とても大事なことをされている。呼ばれれば、いつでもどこでも馳(は)せ参じます」

 ■被災者の詩の思い、ともに考えた 津田塾大×UBC

 今回の朗読会に先立つ4月26日、津田塾大(東京)の英文学科などの11人とUBC生ら10人が衛星回線で結んだテレビ会議システムで交流授業をした。津田塾大は早川敦子教授と木村朗子教授、UBCはクリスティーナ・ラフィン准教授が担当した。

 教材は東日本大震災を経験した55人の短歌をまとめた「変わらない空 泣きながら、笑いながら」(講談社)。津田塾大は被災地出身の学生や福島の詩の英訳に取り組む翻訳コースの学生らが参加し、UBC生と短歌や詩にこめられた意味を語りあった。

 《ほだげんちょ、ふくしまの米、桃、りんご、梨、柿、野菜、人も生ぎでる》

 この短歌を取りあげた加藤沙織さん(18)=福島市出身=は原発事故時、中学生。出身地を言えば原発が話題になるから隠すようになった。進学で郷里を離れて福島が好きな自分に気がついた。「ほだげんちょ」は福島弁で「そうだけれども」を意味する。「頑張って生きていることは、自ら発信しないと理解してもらえない」。そう思い、交流授業に加わった。

 UBC生は原発事故で被災した佐藤紫華子さんの詩を英訳した。フランス人留学生のエルザ・シャネズさん(27)は「翻訳していると『数』ではなく、人々の声が聞こえてくるようでした」と話していた。

 朗読会の当日、会場には「第二楽章」の風景画を手がけた男鹿和雄さんの作品が展示された。翌日にはバンクーバー市内で長崎原爆の映画「母と暮(くら)せば」が上映され、主演の吉永さんと音楽を担当した坂本さんがあいさつした。

 <主催> ブリティッシュコロンビア大学、サイモンズ財団、朝日新聞社

 <協力> 全日本空輸、リステルカナダ、ヤマハ・カナダ・ミュージック、スタジオジブリ、松竹

 ◆取材は「核と人類取材センター」の副島英樹と田井中雅人、大阪社会部の高木智子、撮影は内田光、グラフィックは竹田明日香、編集は三輪千尋が担当しました。朗読会の後の吉永さんと坂本さんのインタビュー、津田塾大生とUBC生の交流授業については、デジタル版で後日詳報します。
    −−「坂本龍一さん「核と人類、共存できぬ」共感 核といのちを考える」、『朝日新聞』2016年05月13日(金)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12354005.html



Resize2475

Resize2476

Resize1935