覚え書:「【書く人】謎解き通じ伝える体験『残照 アリスの国の墓誌』 作家・辻真先さん(84)」、『東京新聞』2016年07月03日(日)付。

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【書く人】

謎解き通じ伝える体験『残照 アリスの国の墓誌』 作家・辻真先さん(84)

2016年7月3日


 アニメ界でレジェンド(伝説)と呼ばれる人だ。一九六九年、国民的アニメ『サザエさん』の初回放送の脚本を担当。八十歳を過ぎた今も『名探偵コナン』や『コンクリート・レボルティオ』の脚本を手掛けている。そんな辻さんが「大人の世界に切り込もう」と発表したのが、八二年に日本推理作家協会賞を受賞した『アリスの国の殺人』。五月に発刊した『残照−アリスの国の墓誌』は、同シリーズの最終作にあたる。
 店じまいする新宿ゴールデン街のスナック「蟻巣(ありす)」に、なじみ客が集う。亡くなった漫画界の巨匠、那珂一兵をめぐる思い出話で浮上したのが、二階の密室でおばあさんが墓石の下敷きになったり、若い女性が腹を切り裂かれたりした異様な事件。その謎を解きほぐす本格ミステリーの体裁を取りながら、昭和期の漫画家やテレビマンの奮闘ぶりを生き生きと描く。
 サブカルチャーの黎明(れいめい)期を知る辻さんは「昔は漫画やアニメが低く見られ、ずっとひがんできた」という。しかし両者は今や日本が世界に誇る文化に成長した。本作について「これでひがみ納め」と笑う。
 『アリスの国の殺人』には、赤塚不二夫さんが生んだキャラクターのニャロメや鉄人28号が出演。自由奔放な言葉遊びもちりばめた。「書きぶりが大人になった」という本作は、より社会派の内容に。それでも藤子・F・不二雄さんのSF作品『ノスタル爺(じい)』が印象的に登場し、同じページの上下で別の場面が進むユニークな仕掛けもある。
 テレビ脚本、マンガ原作、SF小説…希代のストーリーテラーとして、三千本近い「お話」を生み出した。しかし数年前に足を痛め、晩年を意識するようになった。「途中で終わると読者に申し訳ないから」と、次々シリーズを“店じまい”している。
 少年時代に命からがら生き延びた名古屋大空襲の光景が、今も脳裏に焼き付いているという。「ひどい体験こそ伝えなければいけない」。太平洋戦争から復員した那珂が帰郷するシーンで始まる本作も、反戦のメッセージが読み取れる。
 今も最新の漫画やアニメのチェックに余念がない。戦争の実体験と、現代の若者に届く言葉を併せ持つ、希有(けう)な書き手だ。「若い人は、過去と未来をそれぞれ五十年ずつ考える視野を持って」と呼び掛ける。
 東京創元社・一九四四円。 (岡村淳司)
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