覚え書:「書評:漢字廃止の思想史 安田敏朗 著」、『東京新聞』2016年06月26日(日)付。

Resize2493

        • -

漢字廃止の思想史 安田敏朗 著

2016年6月26日
 
◆国語をめぐる議論は混沌
[評者]武藤康史=評論家
 国語改良論は昔からいろいろあるが、その中でも漢字を制限しよう、あるいは廃止しよう…という方向の議論のあれこれを−明治初期から敗戦後しばらくのころまで−追った本である。
 そういう主張にはたいてい変な理屈がまつわりついている。漢字の学習に時間がかかりすぎる!と嘆く人がよくいて、その分、外国語を勉強させろという話になったり、科学教育に時間を使えという話になったりする。漢字さえなくなれば義務教育は二年短縮、中学校・高等女学校は一年短縮できるから設備費や教員給与などを年に一億円節約できる(昭和四年当時)−という主張もあった。漢字があるから日本人の近視が増えるのだ、という嘆きもよく飛び出す。
 これに反対する側も冷静ではいられない。『漢字廃止論』を発表したことのある平生釟三郎(ひらおはちさぶろう)が文部大臣になったりすると(昭和十一年)、勅語や勅諭の漢字はどうするつもりだ?と帝国議会で大騒ぎである。漢字を廃止したそのあとは、かなだけにする、ローマ字にするなどこれまたいろんな主張があった。新しい文字を作った人もいた。
 小説『大原幽学』で知られる高倉テルはローマ字化について書いたことがあり、治安維持法違反で検挙されている(昭和十四年)。「国語国字ローマ字化運動」は「合法を擬装せる共産主義運動」と特高は見たのだ。
 ところが一方で、漢字廃止こそは愛国運動だと息まく人もいたりして、議論百出、はなはだ混沌(こんとん)としている。
 そういう混沌とした歴史に分け入った労作ではあるのだが、どうもこの本、これこれについては「第六章でとりあげることになる」「第七章で詳述する」などが連発され、読む側は振り回される。著者自身「あとがき」で「内容にまとまりを欠いた読みにくいものになっているかもしれない」と書いていた。五百ページを超える本だが、「注」の数は千を超え、いちいち巻末を見なければならず、これも大変。
 (平凡社・4536円)
<やすだ・としあき> 1968年生まれ。一橋大准教授。著書『「国語」の近代史』。
◆もう1冊 
 高島俊男著『漢字と日本語』(講談社現代新書)。漢語、外来語、異体字、日本語と国語などについて、中国文学者が自在に語る。
    −−「書評:漢字廃止の思想史 安田敏朗 著」、『東京新聞』2016年06月26日(日)付。

        • -





http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2016062602000184.html


Resize1979



漢字廃止の思想史
漢字廃止の思想史
posted with amazlet at 16.07.25
安田 敏朗
平凡社
売り上げランキング: 231,267