覚え書:「昭和史のかたち:政治家論の時代=保阪正康」、『毎日新聞』2016年5月14日(土)付。

Resize2494

        • -

昭和史のかたち
政治家論の時代=保阪正康

毎日新聞2016年5月14日 東京朝刊
 
失われたぎらぎらした表面
 米国の元大統領リチャード・ニクソンには、「指導者とは」(徳岡孝夫訳、原著は「Leaders」)という名著がある。自らと共に20世紀のある時代をつくったチャーチルフルシチョフなど7人の指導者を語った書である。

 この書の中で、ニクソンは「指導者の資格について」論じている。一般に陰険、虚栄、権謀術数などは悪とされるが、指導者に限ってはそれは必要であると言い、「権謀術数を用いなければ、大事に当たって目的を達成できない場合が多い」と書く。本音で書いているからこその名著なのである。翻ってこのところ日本社会では、評論家やジャーナリストのわさびの利いた政治家論や政治家の筆になる含蓄ある政治論はまったく目につかなくなった。

 私たちの権利を負託されている政治家は、常に客観的な評価を受けなければならない。ブームだけに乗って議員バッジをつけた陣笠(じんがさ)が筋違いの発言をした、アンチモラルの振る舞いをしたと袋だたきにするだけでは、まっとうな政治家論だなどとは言えない。なぜこんなに政治家論や政治論が不毛になったのだろうか。これは私見になるが、政治家の能力や人格に触れることはプライバシーの侵害になるとの懸念を持つ時代なのかもしれない。あるいはそのような政治家論を書くと、相当の圧力があるのかもしれない。元政治家たちとて自らの信念や哲学を語ることで、現役に迷惑をかけると恐れているのかもしれない。

 しかし少なくとも昭和という時代の政治家論では、その政治姿勢や政治行動、それを支える人格は徹底的に解剖された。阿部真之助大宅壮一、伊藤昌哉、それに自らも保守政治の中で動いたとはいえ御手洗辰雄、小汀(おばま)利得、藤原弘達などは毒舌ある政治家論を口にしていた。ときにうさんくさい話が紛れ込んでいることはあっても、国民の前に政治家の見えざる素顔を浮かび上がらせる功績があったことは否めない。

 阿部真之助の「戦後政治家論」(近年、文春学芸ライブラリーに収録)には岸信介論が収められている。岸が1944年7月に東条英機内閣を倒すときの心境を、戦後になり「無謀の戦争をいつまでもつづけることに、黙ってはいられなかった」と語ったのを「これしきのことは私たちには、戦争を始める前からわかりきっていた」と、その弁のおかしさを嗤(わら)う。同時に「東條に武者ぶりついた気力」は買ってやらなければとも認める。吉田茂を書く稿でも、「吉田は世間で思っているほど非読書家ではない」と書くが、他方で彼の口から思想らしきことは聞いたことはなかったとも記述している。

 そのはざまの中で展開される吉田論はおもしろい。

 鳩山一郎は「ひねくれない、すらすらとした、自然に大きくなるような」人間で、その長所が短所にもなって、よく人にだまされるという。このエピソードは鳩山論として秀逸である。

 大宅壮一の政治家論は苦み走った筆調で、たとえば吉田茂を論じるときは、「不逞(ふてい)の輩(やから)」とか「曲学阿世(きょくがくあせい)の徒」といった「不用意に発したこれらの言葉の中に、彼の明治的な性格」があると言い、「吉田の頭の中では、大正、昭和の時代は素通りして」いるという表現が印象に残る。藤山愛一郎について、その表面と異なり「包容力と柔軟に富む半面(略)相当の犠牲の上で強い叛(はん)骨(こつ)を示す」と分析する。

 藤山は財閥の御曹司に加えて美男子、とにかく何もかもすべてそろっている。大宅はその末尾で「人間藤山愛一郎のほんとの姿は、きわめて孤独なのではあるまいか」と結論づけている。(いずれも「大宅壮一選集」からの引用)

 伊藤昌哉は元々は新聞記者だったが、池田勇人に誘われてその秘書となっている。池田の死後は宏池会事務局長などにも就くが、晩年は政治評論家として「実録 自民党戦国史−−権力の研究」などベストセラーを著した。田中角栄に対しては批判の立ち位置で見ている。宮沢喜一大平正芳鈴木善幸などの面々の相談役を務めていても、田中には心を許すなと、特に大平には説いている。

 伊藤は田中を戦後政治家のもっとも異能な人物と捉え、「権力を追う異常なある種の生命力が、憑(つ)かれた田中の肉体を通して、声ともつかぬ息となって」現れるというのであった。

 こうした政治家論は、とりもなおさず時代の証言になっていく。かつての政治家たちの政治に懸けたエネルギーは今は消え去ったのだろうか。ぎらぎらした政治家論を失った分、「平成の政治」は死んでいくように思えてならないのである。

 ■人物略歴

ほさか・まさやす
 ノンフィクション作家。次回は6月11日に掲載します。
    −−「昭和史のかたち:政治家論の時代=保阪正康」、『毎日新聞』2016年5月14日(土)付。

        • -


昭和史のかたち:政治家論の時代=保阪正康 - 毎日新聞





Clipboard01_2

Resize1980