覚え書:「書評:試練にたつ日本国憲法 杉原泰雄 著」、『東京新聞』2016年07月03日(日)付。

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試練にたつ日本国憲法 杉原泰雄 著  

2016年7月3日
 
立憲主義の原点から再考
[評者]古関彰一=獨協大名誉教授
 本書の著者は、長年フランス憲法を中心に名著『国民主権の研究』などの著作を世に送り出してきた憲法学の泰斗である。
 「立憲主義」が注目されるなかで、著者の視点は近代憲法を原点から見直しつつ、立憲主義を広い視野から論じようとしている。ここでは「立憲主義」とは、「政治と社会のあり方は、国の最高法規として憲法に定める」主義と解されている。
 しかしそこには「光」と「陰」があり、近代憲法身分制度の解体や契約の自由による経済活動といった「光」をもたらしたが、その反面で性による差別や「契約の自由」が「自由放任」による劣悪な労働を可能にしたという「陰」をも生み出したのである。そこで、この「陰」の部分を克服すべく、第一次大戦以降の近代市民憲法は、性差別の禁止、社会国家(生存権による生活の保障、社会保障)・文化国家(表現の自由、学問の保障、戦争の違法化)の理念を明示してきたと説く。
 ところが近年に至り、二〇〇八年のアメリカのリーマン・ショックに端を発する金融恐慌のごとく、一九二九年以来の「一〇〇年に一度の危機」を迎えたのである。著者から見ればそれは自身の誕生以来の危機だという。このアメリカの危機は、軍拡政策の結果のみならず、社会国家の理念を定めず、市場原理主義の「世界化」というグローバリズムの結果であり、それはまた明日の日本の姿を見る思いだ、と著者は警鐘を鳴らす。
 「日本国憲法第九条と第二五条が瀕死(ひんし)の状態にありますが、そのどこに間違いがあるのか、近代・現代・現在にいたる憲法の歴史をふまえた冷静な議論をおこなうべきだ」と説く。
 日本国憲法が七十年目を迎えるなかで、日本国憲法を近代憲法二百年の歴史の中に位置づけ、その持つ意味を抉(えぐ)り出し、いま、私たちが直面している今日の憲法問題の試練の大きさを考えさせられる有益な書物である。
 (勁草書房 ・ 2808円)
<すぎはら・やすお> 1930年生まれ。一橋大名誉教授。著書『憲法と公教育』など。
◆もう1冊 
 青井未帆著『憲法と政治』(岩波新書)。「改憲機運」がどのようにつくられているかを検証し、権力の統制という観点から平和を考える。
    −−「書評:試練にたつ日本国憲法 杉原泰雄 著」、『東京新聞』2016年07月03日(日)付。

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試練にたつ日本国憲法
杉原 泰雄
勁草書房
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