覚え書:「憲法を考える:自民改憲草案・義務:中 空気読み黙る「和」、いまも」、『朝日新聞』2016年05月26日(木)付。

Resize2581

        • -

憲法を考える:自民改憲草案・義務:中 空気読み黙る「和」、いまも
2016年5月26日

 長野県の山あいにある人口約5千人の中川村。小・中学校の卒業式や入学式では、壇上に日の丸が掲げられる。ただ、曽我逸郎村長(60)が一礼することはない。

 どうしてですか?

 「『国旗には黙って敬礼せよ』という空気が嫌だからです。嫌だと自由に表明できてこその民主主義だと思います」

 国旗・国歌について、自民党憲法改正草案は、現行憲法にはない規定を新たに設けている。

 「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない」

 草案のQ&A集は「国旗・国歌をめぐって教育現場で混乱が起きていることを踏まえ、規定を置くこととした」と記す。

 東京や大阪などでは、卒業式で、君が代の起立斉唱を拒んだ教員が懲戒処分を受けた。国旗掲揚や国歌斉唱をしない国立大学が国会で問題視されたことも記憶に新しい。

 国の方針は明確だ。小中高校には学習指導要領で「入学式や卒業式などでは国旗を掲揚し、国歌を斉唱するよう指導する」。国立大については、安倍晋三首相が昨年の参院予算委で「新教育基本法の方針にのっとって、正しく実施されるべきではないか」と答弁している。

 日の丸を掲げお辞儀をする。

 君が代を大きな声で歌う。

 草案が想定する「尊重」は、おそらくこういうことだろう。

 しかし曽我さんは憤り、危惧する。「政治家によって、憲法や国旗・国歌が国民を服従させるための道具にされている」と。「型にはまった思考や行動様式を押しつけられ、自由にものが言えない社会で、どうしてのびのび暮らせるでしょうか」

 曽我さんが草案越しに見ているのは、戦中のこの国だ。思考も行動も型にはめられ、若い兵隊を突撃させて華々しく死なせることが目的化してしまった。国をあげて称揚された「和」とは結局、国民が世間の空気を読んで黙ることでしかなかった。

 日本の立憲主義は、そうした戦争の記憶と傷痕の上に立つ。

 その要諦(ようてい)は、憲法で権力を縛り、人々が自由に意見を述べ、批判し合える空間を確保することだ。

 だが、空気を読んで黙ってしまう感じは、今も身の回りにあふれている。東日本大震災のあと。東京五輪招致に際して。国や国民が「一丸」となることを求められ、「ちょっと待って」と異論を差し挟むことすらためらわせる、同調圧力

 なるほど、草案には国旗・国歌を「尊重しなければならない」としか書いていないし、Q&A集も「国民に新たな義務が生ずるものとは考えていない」と説明する。

 しかしどうだろう。草案の前文に盛り込まれた「日本国民は……和を尊び、家族や社会全体が互いに助け合って国家を形成する」の一文。和を尊ぶことと和を乱す者への嫌悪は裏表だ。

 憲法に「和」と国旗・国歌の尊重がともに書き込まれた時、どういう響き合いをするだろう。曽我さんのような人が「のびのび暮らせる」社会は、保たれるのだろうか。

 (藤原慎一
    −−「憲法を考える:自民改憲草案・義務:中 空気読み黙る「和」、いまも」、『朝日新聞』2016年05月26日(木)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12376683.html





Resize2576

Resize2178