覚え書:「記者の目:ハンセン病特別法廷 最高裁謝罪=山本将克(東京社会部)」、『毎日新聞』2016年5月27日(土)付。

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記者の目
ハンセン病特別法廷 最高裁謝罪=山本将克(東京社会部)

毎日新聞2016年5月27日 東京朝刊
 
謝罪する最高裁の今崎幸彦事務総長(手前)=東京都千代田区最高裁で4月25日、丸山博撮影
 

誰もが差別を傍観
 ハンセン病患者の裁判が隔離施設などに設置された「特別法廷」で開かれていた問題で、最高裁は先月、差別的な運用があったと認める報告書を公表し、反省と謝罪を表明した。違憲判断に踏み込まず物足りなさが残るとの指摘もあるが、報告書には私たちが差別とどう向き合うべきか、見つめ直すヒントがあると感じている。

裁判官会議も 「責任を痛感」
 憲法には「裁判は公開の法廷で行う」との規定があり、裁判所法は「法廷は裁判所で開く」と定めている。司法行政機関としての最高裁が必要と判断すれば、極めて例外的に裁判所外に特別法廷を設置することができる。

 検証は、元患者らからの申し入れを受けて始まった。人事、予算をはじめとした司法行政を担当する事務方の最高裁事務総局が調査委員会を設置し、途中からは外部の有識者も加わった。ハンセン病の特別法廷は1948年から72年にかけて96件が上申され、撤回された1件を除いて例外なく設置が認められていた。国の強制隔離政策を違憲とした国家賠償訴訟の熊本地裁判決(2001年)を受け、政府と国会が謝罪してから15年。遅きに失したとはいえ、同様の検証は司法の歴史を振り返っても例がなく、画期的なことだった。

 最高裁は一連の運用を「合理性を欠く差別的な取り扱いだった」とし、裁判所法に反すると明言。事務総局トップの今崎幸彦事務総長は「憲法が保障する法の下の平等に違反した疑いがある」と口頭で説明し、「元患者の人格、尊厳を傷つけたことをおわびしたい」と述べた。最高裁が差別を真正面から認め、謝罪したことを過小評価すべきではない。

 最高裁長官ら15人の裁判官で構成する裁判官会議が「責任を痛感する」との談話を発表したことも歴史的意義がある。特別法廷設置の可否は裁判官会議が判断するのが原則だが、検証の結果、半ば丸投げの形で事務総局に委ねていたことが判明した。談話は、三権の一翼を担う司法としての謝罪に重みを持たせた。

 法壇から当事者を見下ろすように座る裁判官は「過ちを認めない」存在と思われがちだ。私は、何を謝罪しているか分からないような抽象的な言い回しで最高裁が幕引きを図る展開も考えたが、ミスを検証する文化が根付いていないと評されてきた最高裁が過去に向き合い、外部の意見も取り入れたうえで頭を下げたことに司法の変化を感じた。

 もっとも、最高裁は「差別的取り扱い」を違憲とまでは明言しなかった。長年差別に苦しみ、平穏な人生を奪われた元患者からすれば「物足りない」と映ったに違いない。

 確かに法律的な難しさはある。裁判の公正を保つため、憲法は裁判官が誰からも干渉されず、独立して職務に当たることを保障している。検証対象を「開廷場所の指定」という司法行政上の判断に絞り込んだのも、裁判の独立原則を守るためだった。

違憲疑い」口頭 報告書に盛らず
 裁判のやり直しにつながりかねない違憲判断に踏み込むことは、事務部門に過ぎない事務総局が裁判に干渉するあしき前例を作ることになる。その懸念は理解できる。だが、特別法廷について「憲法の平等原則に違反する」とした有識者の指摘に対してどう考えたのか報告書にほとんど書かず、違憲の疑いがあると会見で補足したことは合点がいかなかった。「読む人が読めば分かる」という見方もあるし、ぎりぎりの落としどころが「口頭での説明」だったのかもしれないが、文書を手に取る元患者らのためにも明記すべきではなかったか。

 報告書には、法律家からも賛否の声が上がっている。裁判のやり直しを求める動きもあり、特別法廷を巡る議論は今後も続いていくだろう。ただ、法律論とは別のところにも今回の検証の価値があるように思える。

 最高裁が検証に乗り出すまで、特別法廷の問題が社会で共有されたことは、ほとんどなかった。「今から振り返るとおかしいと思われるかもしれないが、当時の社会の雰囲気では公開法廷でやってみろとはとても言えなかった」。事務総局に在籍して特別法廷の設置手続きに関わった元裁判官の述懐だ。

 ハンセン病患者であれば、一律に隔絶された施設で裁判が開かれていた時代があった。最高裁の判断を市民は当然のことと受け止め、メディアも沈黙を続けた。弁護士さえ異を唱えることはなかった。差別を差別と思わず、誰もが加害者の側から傍観していた。それが特別法廷問題の本質ではないか。専門家を含めた圧倒的多数が誤りを正せない社会の恐ろしさ。報告書は、そんな問いを投げかけているように思う。
    −−「記者の目:ハンセン病特別法廷 最高裁謝罪=山本将克(東京社会部)」、『毎日新聞』2016年5月27日(土)付。

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