覚え書:「書評:老生 賈平凹 著」、『東京新聞』2016年07月24日(日)付。

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老生 賈平凹 著  

2016年7月24日
 
◆中国最下層の生ながめる
[評者]豊崎由美=書評家
 二○一二年にノーベル文学賞を受賞した莫言(モオイェン)と並び称される作家・賈平凹の『老生』は、北京のような都会とは対極の、辺境といっていい山奥の村に生きる貧しい人々の生き方と死にざまを通じて中国の現代史を描いた長篇小説だ。国共内戦期、共産党政権による土地改革、文化大革命、改革開放からサーズ流行へと続く経済成長期。四話に分けられた物語の語り部は、百数十年の生涯を閉じようとしている「弔い師」。此岸(しがん)と彼岸を行き来する術(すべ)を持つ老人が見聞きしてきた、各時代における最下層の人々の生生流転のエピソードは、二十一世紀を生きる日本人にとってマジカルなことこの上もない。
 いつもお腹(なか)をすかせている乞食(こじき)だったのが、内戦期に非正規軍の遊撃隊に加わったことがきっかけで、後に司令官にまで出世を遂げる匡三(きょうさん)。土地改革によって自分の畑が持てるようになったものの、欲にまみれて争いごとを繰り返す他の村人とはちがい、愚直で誠実な生き方を変えなかった白土(はくど)。母親が反革命分子として銃殺された時に生まれ落ちた孤児の墓生(ぼせい)。持ち前の如才なさと調子の良さで、浮き沈みの大きい人生を送った小さい体の戯生(ぎせい)。
 などなど、大勢の人物の数奇な生と死、愛と闘争を描くなか、遠い隣人と呼ばれる中国人の気質や、時に受け入れがたい大国の論理と倫理観が、息づかいが聞こえるほど近い感覚で理解できていく。と同時に、登場人物らの言動を追いかけていくうちに、人が生きるためなら何をしでかしてしまうか、それは許されうることなのか、そもそもわたしたちに責める資格があるのかという、難しい問いを自らに投げかけないではいられなくなるのだ。
 マジックリアリズム小説にも似た読み心地をもたらす語り口と、誰のことも断罪しないフェアな視点で社会派的なテーマに斬りこんでいく。関連の専門書が何冊束になってもかなわないくらいの、太くて厚くて深くて熱い中国と中国人が、この小説のなかにいる。
 (吉田富夫訳、中央公論新社・3996円)
 <ヂャ・ピンウア> 1953年生まれ。中国の作家。著書『浮躁』『廃都』など。
◆もう1冊 
 莫言著『豊乳肥臀(ほうにゅうひでん)』(上)(下)(吉田富夫訳・平凡社ライブラリー)。激動する中国近代史を背景に、ある子だくさん一家の数奇な運命を描く。
    −−「書評:老生 賈平凹 著」、『東京新聞』2016年07月24日(日)付。

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