覚え書:「書評:川原慶賀の「日本」画帳 下妻みどり 編」、『東京新聞』2016年07月31日(日)付。

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川原慶賀の「日本」画帳 下妻みどり 編

2016年7月31日

◆江戸・長崎の風物を絵解き
[評者]神崎宣武民俗学者
 江戸後期の長崎に、川原慶賀という画家がいた。オランダ商館長ブロンホフや商館医シーボルトらの注文に応じて、数多くの写実画を描いた。動植物・人物・風景、そして年中行事など。その数は数千点にも、それ以上にも及ぶとされる。「シーボルトのカメラ」とも称された。シーボルトの大著『日本』の挿絵の多くは慶賀の原画である。
 ほぼ同時代に野口文龍という文人がいた。『長崎歳時記』を著している。その歳時記を読んだ本書の編者下妻みどりさんはひらめいたそうだ。「わあ! 慶賀さんの絵みたいだ! じゃあ一緒に並べちゃえ!」(はじめに)
 その発想に驚く。そして、そのとおり並べてみると、まったく違和感がなく<絵解き>が進行するのである。
 たとえば、盆の精霊流し。慶賀の描く景は、竹と藁(わら)を編んでつくった船を男たちがかついで海に向かうところ。文龍は、その船の飾りつけやそれを送りだすにぎわいを述べる。「家から持参した灯籠をトモや帆柱などに掲げ、双盤(そうばん)や鉦(かね)を叩(たた)き、念仏を唱えながら送ります」(編者の現代語訳による)
 慶賀の絵には、物乞いの姿が描かれている。文龍もいう。「どこからやってきたとも分からない僧が、いきなり上がり込んでお経を上げます。そのときは小銭を包んで与えます」
 本書は、長崎での歳時にしぼっての<絵解き>である。唐館水かけ・踏絵(ふみえ)・唐館龍踊り・陸ペーロン・阿蘭陀(おらんだ)船出航など、長崎ならではの行事もあるが、正月や盆、節分や七夕など、多くは日本全体に共通する行事である。今は昔、その本義とか祖型を探るには、格好の手引書ともなっている。評者も盆の精霊流しのページから、「そうか、正月のトンド(焚上(たきあ)げで歳神を送る)と対でとらえればよいのか」と、あらためて気づいたしだいである。
 折しも今年から来年にかけ、慶賀の画も含めたシーボルトの企画展が東京・長崎・名古屋・大阪などの博物館で開催される。
 (弦書房・2916円)
 <しもつま・みどり> ライター。著書『長崎迷宮旅暦』『長崎よりみち散歩』など。
◆もう1冊
 『シーボルト日記』(石山禎一ほか訳・八坂書房)。一八六一〜六二年の二度目の滞在日記。幕末期の風俗や事件が克明に描かれる。
    −−「書評:川原慶賀の「日本」画帳 下妻みどり 編」、『東京新聞』2016年07月31日(日)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/shohyo/list/CK2016073102000204.html



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川原慶賀の「日本」画帳《シーボルトの絵師が描く歳時記》
下妻 みどり
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