覚え書:「不平等の是正「政治の役割」 仏バローベルカセム教育相」、『朝日新聞』2016年05月30日(火)付。

Resize2781

        • -

不平等の是正「政治の役割」 仏バローベルカセム教育相
2016年5月30日

インタビューに答えるフランスのナジャット・バローベルカセム教育相=東京都港区の駐日フランス大使公邸、山本和生撮影
 男女、貧富、人種、宗教――。社会には様々な格差や分断、衝突がある。それを是正し、多様性を保ちながら共生していくために欠かせないのが教育だ。フランスは相次ぐテロ事件などを受け、格差是正を重視した教育改革に取り組んでいる。教育に求められる役割とは何か。来日したナジャット・バローベルカセム教育相に聞いた。

 ■女性の立候補促進、企業にも波及

 国際的に指摘される日本国内の格差の代表的なものが、男女の格差だ。女性の政治参加の度合いは先進国でも著しく低いと指摘されている。世界経済フォーラムによる「政治への参加」についての男女平等の順位は昨年、145カ国中104位。主要7カ国(G7)で最下位だ。こうしたことが女性の社会参加を阻害している一因とされている。

 フランスは2000年、「候補者男女同数法」(パリテ法)を成立させ、地方選挙や国政選挙などで候補者の男女比を等しくすることを義務づけた。「男女の平等を実現するのに最も重要なのが政治の役割です」

 導入前、フランスの国会議員の女性比率は欧州連合(EU)内でも下位に属していた。「多くの人は今も職場や夫婦の間などで、その地位が実際平等ではないことを知っています」

 バローベルカセム氏は2児の母。「なかなか家にいられず、そのことに罪悪感を感じます。育児も仕事も完璧を求められる。どの社会の女性も直面する普遍的な問題です。文化や伝統の差ではない。こうした罪悪感をなくすことができるのが政治なのです」

 とはいえ、制度を変えれば、女性の心に罪悪感を生む風土や価値観は変わるのか。「時間はかかる」と断ったうえで、こう話す。

 「パリテ法は元々、政党の候補者の数の平等という考えから始まりました。すぐに実現できたわけではないが、今では閣僚の数もほぼ同数です。そして政治の世界だけではなく、企業にも、管理職の比率をあげる実践が義務づけられた。政策は機運を生み出していくことができるのです」

 ■貧富の格差克服、教育が鍵

 フランスは格差や不平等、分断という点でも多くの問題を抱える。「(貧富、民族集団間など)様々なレベルで、固定化した不平等が人々に引き継がれています」。解決の鍵となるのが教育だ、と強調する。

 なぜなのか。例として挙げるのが自らの半生だ。建設現場で働くモロッコの労働者家庭に生まれ、「フランス語も話せないまま」、家族と渡仏した。「そんな私にチャンスをくれたのがフランスの教育。どんな背景を持っていても機会の平等がありました」

 18歳でフランス国籍を得て、屈指のエリート校パリ政治学院を卒業。07年の大統領選の選挙運動に関わり、本格的に政治の世界へ。自身の道のりがその言葉を裏付けている。ただ、自分のような「成功例」はほんの一部で、教育の役割が必ずしもうまく機能していないことも認める。

 フランスでは昨年1月、週刊新聞社が襲撃され、同11月にはパリ中心部で同時多発テロが起きた。これらのテロも、教育の問題が関わっているとみる。移民系の家庭出身で、フランスで教育を受けた若者たちがいずれの犯行にも深く関わっていたからだ。

 経済的な格差の拡大にとどまらず、「フランスを『自分の社会』として受け入れて生きていくことができなくなっている。教育へのアクセスを保障するだけでは足りない」と話す。

 (高久潤)

 ■自由や寛容「市民精神」重視 G7会合で宣言

 26、27日の主要7カ国(G7)首脳会議(伊勢志摩サミット)に先立って開かれた教育相会合では、各国が「自由や寛容などの共通価値を学ぶシチズンシップ(市民精神)教育を連携して進める」とする「倉敷宣言」が採択された。

 昨年1月の週刊新聞襲撃事件の後、フランスではこうした「市民精神」を学ぶ新たな授業が、小学生から高校生まで週1回のペースで導入された。倉敷宣言には、フランスの要望が強く反映された。

 「モラルや市民精神を教えるというと、善悪の定義など一定の『考え』を教師が生徒に教えると思われがちだが、そうではない。むしろ市民社会で自由に生きていくために、必要な技術を体得する訓練のようなものに近いのです」

 題材は多様だ。主眼は実践的な議論に置かれる。例えば、ネットで正しい情報を得るにはどうすべきか。自分の個人情報を守るためには何をすべきか。自分の経験を話しながら他人と共有することを通じて、「実践的に学んでいくもの」だという。

 ただ、ジレンマもある。貧しい家庭の子が通う学校と豊かな家庭の子が通う学校が完全に違っていれば、授業の議論の中で多様な視点を体験しにくくなる。それを実現するには、授業のプログラムだけではなく、学校制度そのものの改革も必要となり、実現のハードルは高くなる。

 教育相は、それでも意義を強調する。「重要なのは、仮に他人と意見や視点を一致できなくても、暴力に至ることなく共生できるという確信を持てる経験を積むこと。そういう経験が、社会の多様性を推し進めます。実現は簡単ではないが、私は不可欠な改革だと思います」

     *

 Najat Vallaud−Belkacem 1977年、モロッコ生まれ。2004年の地方選で初当選。その後、下院議員に。12年に発足したオランド政権で女性の権利相・政府報道官などを歴任。14年に教育相に就任。
    −−「不平等の是正「政治の役割」 仏バローベルカセム教育相」、『朝日新聞』2016年05月30日(火)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12383418.html





Resize2758

Resize2305