覚え書:「書評:<獄中>の文学史 副田賢二 著」、『東京新聞』2016年08月07日(日)付。

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<獄中>の文学史 副田賢二 著

2016年8月7日
 
◆未開拓の分野に挑む
[評者]川村湊=文芸評論家
 高杉晋作の『獄中手記』から、大杉栄林房雄の『獄中記』、永山則夫の『無知の涙』や見沢知廉(みさわちれん)の『調律の帝国』まで、<獄中>文学を網羅し、分類し、表象論的に分析した文学史的研究書である。
 これまでに類を見ない研究対象であり、文学史の片隅に埋もれていた文書や稀覯(きこう)な文献を発掘してきたことは、著者の手柄であり、未開拓の分野に挑むその探求の志は貴重だ。
 ただ、同じく<獄中>といっても、死刑囚と一般の懲役囚とではその体験の質も違うだろうし、政治犯・思想犯と普通の刑事罰による収監者とでは、その言説・表象に本質的な違いが出るのではないか(もちろん冤罪(えんざい)ならばなおのこと)。
 社会学歴史学的な問題領域を、無理に文学研究の領域に狭めた<苦役>の跡がありありと見える。だから林房雄亀井勝一郎の<獄中>言説について、「転向」という言葉を使わずに済ませようと、やや苦しげな論理を絞り出すことになったのではないか。「権力」「暴力」「強圧」などの言葉も使ってよいのでは?
 見沢知廉氏から、獄中にいた時間の分だけ、獄外での社会復帰に時間がかかると聞いたことがある。その間、拘禁症的な精神状態の不安定さは続くのだ(見沢氏は自死した)。この<獄中>の文学史に足りないものがあるとすれば、そうした<獄外>における想像力である。
 (笠間書院・2376円)
 <そえだ・けんじ> 1969年生まれ。防衛大准教授、近代文学
◆もう1冊 
 池田浩士川村湊著『死刑文学を読む』(インパクト出版会)。死刑囚の文学作品、死刑を描いた作品を読み解く。
    −−「書評:<獄中>の文学史 副田賢二 著」、『東京新聞』2016年08月07日(日)付。

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〈獄中〉の文学史: 夢想する近代日本文学
副田 賢二
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