覚え書:「書評:ヴェネツィア 美の都の一千年 宮下規久朗 著」、『東京新聞』2016年08月07日(日)付。

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ヴェネツィア 美の都の一千年 宮下規久朗 著 

2016年8月7日
 
◆夢うつつ 魅惑の劇場都市
[評者]和田忠彦=イタリア文学者
 ヴェネツィアアドリア海に浮かぶちいさな島がなぜ人を惹(ひ)きつけてやまないのか。美術史家である著者は、中世、ゴシック、ルネサンスバロックロココといった美術史的展開を軸に、六世紀から現在まで、背景に政治社会史を重ね合わせながら、町の歴史を織りなす特性を丹念に、そして手際よく抽出していく。
 イタリア美術や建築に関心を寄せる読者ならなじみの深い、ルネサンス期を華やかに彩るヴェネツィアゆかりの画家や建築家たちの代表作が、共和国の絶頂期から爛熟期(らんじゅくき)へといたる二百年余の時間のなかで、町のかしこに配置され空間をゆたかに満たしていく歩みが活(い)き活きと描かれていく。画家ならベッリーニカルパッチョ、建築家ならリッツォやサンソヴィーノにパラーディオ、そして、謎の天才ジョルジョーネとヴェネツィア最大の巨匠ティツィアーノへとつづく、著者のヴェネツィアルネサンス渉猟は、本書のなかで質量ともにもっとも充実した箇所となっている。
 けれど、評者には、ヴェネツィア共和国が衰退の坂を駆け下りてゆくなかで残光のきらめきを放つヴェネツィア固有のバロック芸術の、十八世紀にいたりティエポロにその頂点をみる建築空間との幻視的融合にむけて著者のそそぐまなざしが、ことのほか魅力的に映る。それは、バロック美術再考に寄せる期待にしても、栄華や逸楽の果てに訪れる死と頽廃(たいはい)の誘惑にしても、ほかでもない著者自身がこの町にたいして抱きつづけてきた愛のありかを明かすものだからかもしれない。
 分けても劇場都市としてのヴェネツィアが湛(たた)える夢うつつの魅力を語る著者の口跡は、情熱と沈着のあやうい緊張のなかでうつくしさを際立たせる。「現実世界にありながら、夢や劇の中にいるような気分にさせる稀有(けう)な場所」−だからこそ著者はこの町に、同じく夢うつつの世界をつくる絵画作品を重ね合わせ語る選択をしたのだろう。
岩波新書・1102円)
 <みやした・きくろう> 美術史家。著書『カラヴァッジョへの旅』など。
◆もう1冊 
 塩野七生著『海の都の物語』全6冊(新潮文庫)。ローマ帝国滅亡後一千年にわたり独立を保ったヴェネツィア共和国を描く歴史大作。
    −−「書評:ヴェネツィア 美の都の一千年 宮下規久朗 著」、『東京新聞』2016年08月07日(日)付。

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