覚え書:「売れてる本 読まずに死ねない哲学名著50冊 [著]平原卓 [文]佐々木俊尚(ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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売れてる本
読まずに死ねない哲学名著50冊 [著]平原卓
[文]佐々木俊尚(ジャーナリスト)  [掲載]2016年08月07日
 
■いまこそ社会に必要な叡智

 いま安保法制や憲法改正などの問題が浮上し、しかしどう議論するのかという基本的枠組みが共有されていない。「私が正義だ」「いや、お前らは悪だ」というような二項対立の言説が幅を利かせ、議論は空中戦のままで、私たちを苛(いら)立たせている。議論には共有される枠組みが必要だが、日本にはそれが欠如しているようにも思える。だから21世紀のいまこそ、日本社会には哲学が求められている。
 1986年生まれの若い哲学者による本書は、古代ギリシャから受け継がれてきた叡智(えいち)のガイドマップ。そこで紹介されている一人にハンナ・アーレントがいる。彼女はフランス革命と米独立革命を比較し、抑圧からの解放だけでは革命は成功せず、その先に自由を実現するための社会制度が必要だと説いた。フランス革命の指導者は貧困にあえぐ人民への同情に突き動かされたが、同情は結局は情熱であり、制度をつくりえなかった。このためフランス革命が失敗したとしたのだ。こういう「解放後」の枠組みはとても大事で、反権力を声高に言う人たちにもぜひ読んでほしいと思う。
 著者は、哲学とは「真理はここにある」というものではないと説明する。むしろ「哲学の歴史は、真理はそもそも存在しないことを示す過程だったと言っていいくらい」。そして端的にまとめれば、「哲学とは『概念』によって共通了解を生み出していく営み」であるというのが、著者の説明である。世界を解釈し、世界をより良い方向にするために、どのような枠組みをベースにして議論するのか。そういうベースの枠組みを見いだしていく試みが、哲学の歴史だったということなのだろう。
 従来、日本における哲学は狭いアカデミズムの中に引きこもってしまっており、独特の難解な用語の読解の難しさも相まって、多くの人には届いていなかった。そういう状況の中で、本書がよく読まれているのは日本社会の将来の期待に満ちあふれていてまことに喜ばしい。
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 フォレスト2545新書・1296円=11刷5万3千部 16年3月刊行。
 担当編集者は「かみ砕かれた内容と装丁のインパクトが哲学への潜在ニーズを喚起させたのでは」。
    −−「売れてる本 読まずに死ねない哲学名著50冊 [著]平原卓 [文]佐々木俊尚(ジャーナリスト)」、『朝日新聞』2016年08月07日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2016080700002.html


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