覚え書:「『ドイツのトランプ』女性党首に聞く 新興政党なぜ躍進」、『朝日新聞』2016年06月07日(火)付。

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「ドイツのトランプ」女性党首に聞く 新興政党なぜ躍進
ドレスデン=玉川透2016年6月7日

党大会で演説するフラウケ・ペトリ氏=独シュツットガルト、アンケ・レスキー撮影

 ドイツで反イスラムや難民流入阻止を掲げる新興政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の勢いが止まらない。地方選挙での躍進を追い風に、来秋の総選挙で国政進出をうかがう。党首で「ドイツのトランプ」とも呼ばれるフラウケ・ペトリ氏(41)に、その主張を聞いた。

■「反イスラム」鮮明に

 「日本の新聞が、なぜ私たち小政党に興味を?」

 旧東独の古都ドレスデンで5月上旬に取材に応じたペトリ氏は、英国留学仕込みの流暢(りゅうちょう)な英語で尋ねてきた。穏やかな口調で、笑顔を絶やさない。

 だが、AfDが5月1日の党大会で発表した基本綱領には、過激な主張がずらりと並んだ。最たるものが「反イスラム」だ。女性が顔をベールで隠したり、モスクから礼拝を呼びかけたりするイスラム教徒の習慣の国内での禁止を求めた。

 ドイツ国内のイスラム教徒は約400万人で、全人口の約5%を占める。それでもペトリ氏は「『アラブの春』を境に、イスラム教徒の宗教理念は(過激な方向に)変わりつつある。イスラム化が進めば、ドイツの人々が慣れ親しんできた民主主義の下で暮らしていけなくなる」と言い切る。

 昨年、約110万人がドイツに流入した難民問題についても「高技能を持つ人々」は歓迎するが、それ以外の受け入れは制限するべきだとの考えを示した。

 他の政党やメディアはAfDが有権者の関心に応じて主張を変え、危機感をあおる「ポピュリスト政党」だと批判する。だが、ペトリ氏はそうした批判を受けつけない。「有権者に耳を傾けてもらうために独特な存在になるのは、政党として極めて自然なことだ。ポピュリスト的な手法が間違いとは思っていない」

 排外的な主張を、米大統領選で共和党の候補者指名を確実にしたドナルド・トランプ氏になぞらえるメディアもあるが、ペトリ氏は「トランプ氏が支持を集めるのは対抗馬が悪すぎるから。問題の多い人物だが、他の候補に比べればましということ」と評した。

 そのうえで、米大統領選の状況はドイツにも通じると言う。「メルケル首相は『国民の母』を演じているが、難民問題やユーロ危機など何も解決していない。彼女こそ(トランプ氏と同じ)ポピュリストだ」

 攻撃の矛先は、ドイツの「歴史教育」にも向かう。ドイツは戦後、ナチスの台頭を防げなかった反省から、多くの州の学習指導要領で歴史教育が義務づけられた。学生はナチスを記録した博物館や強制収容所を訪れる。それが隣国との摩擦を減らし、欧州各国がドイツの復活を受け入れる下地となってきたとされる。

 だが、ペトリ氏は「現在の歴史教育の重点は、ナチス台頭などの狭い時期に集中しすぎ」と批判。1871年のドイツ帝国成立などを挙げ、「(歴史の負の側面だけでなく)ドイツ人のアイデンティティー形成に貢献した出来事にもっと注目すべきだ」と訴える。

 戦後のドイツが取り組んできた「過去の克服」についても「責任は後世に引き継がれても、罪は違う。混同すべきでない」と言う。

 一方、英国の欧州連合(EU)離脱問題については、メルケル政権と同じく残留を支持する。「英国がEUの規則から出たい気持ちは理解できる。だが、EU内でドイツに次ぐ経済規模の英国が離脱すれば、その負担はドイツが肩代わりすることになる。AfDが目指すEU改革には、英国の助力が欠かせない。変わるべきは英国の現政権だ」

■ソフトさも強調

 「我々は国民政党だ」。5月の党大会でペトリ氏は、将来的に政権参加を目指す意欲を示した。

 ドイツではナチス台頭への反省から、過激思想への拒絶反応が強いが、それは薄れつつあるようだ。5月4日発表の世論調査でAfDの支持率は15%。メルケル首相の与党キリスト教民主・社会同盟(33%)には及ばないが、大連立を組む中道左派社会民主党(20%)に迫る勢いだ。

 AfDの戦略は、表向きソフトな印象を強調しながら、政府を徹底して批判することだといわれる。メルケル氏がイスラム教を「ドイツの一部」と強調すれば、AfDは「イスラム教徒はドイツに属さない」という正反対のスローガンを掲げた。既成政党への批判を徐々に吸収し、支持を拡大してきた。

 特に旧西独との経済格差に不満を募らせる旧東独で支持が高い。AfD研究者で独ジャーナリストのセバスチャン・フリードリヒ氏は「創設時は比較的、高所得・高学歴の層に支持者が多かったが、最近は労働者階級や失業者にも広げている。今後、民族主義的な色彩が強まる」とみる。

 ベルリン自由大学のパウル・ノルテ教授は「AfDの政権入りは、まずないと思うが、人々の不満を吸収して勢いを増せば、政権も無視できなくなる恐れがある」と指摘する。

 5月のオーストリア大統領選では、「反難民」の右翼政党候補が当選にあと一歩と迫った。来年はドイツをはじめ、右翼勢力が勢いを増すフランスやオランダでも国政選挙がある。「欧州の盟主」ドイツの政治の行方が、欧州全体に影響を及ぼす可能性もある。

■「ポピュリスト」を自認

 AfDの飛躍には、ペトリ氏のカリスマ性も一役買っている。ソフトな表情の一方、相いれない主張には攻撃的な姿勢を崩さない。5月下旬にベルリンで行われたイスラム団体との討論では、「意見が合わない」と途中退席した。

 政権を担う既成政党を「敵」と見なし、ポピュリストを自認してはばからない姿は、仏右翼・国民戦線(FN)のマリーヌ・ルペン党首にも重なる。

 ドレスデン出身の化学者で、化学品メーカーを創業。経歴だけみれば、旧東独育ちで物理学者だったメルケル首相と共通する部分もある。だが、2人の東西ドイツ統一後に対する考え方はぶつかり合う。

 メルケル氏は昨年、来日時の講演で「私は言論の自由のない国で育った。人々が自由に意見を述べられないところから革新的なことは生まれない」と述べた。かたや、ペトリ氏は「私は東独で共産主義体制に批判的な家庭で育った。ドイツが再統一されて自由に物が言えると期待したが、何も変わらない。私は体制側にいるメルケル氏とは違う」と話した。

 そんな彼女にも危機が迫りつつある。ドレスデンの検察当局は5月25日、一昨年のザクセン州議会選の選挙資金をめぐり、ペトリ氏が州議会で虚偽の証言をした疑いなどで、捜査を始める方針を明らかにした。(ドレスデン=玉川透)

■ドイツのための選択肢(AfD)とは

●党の歴史 2013年2月創設

●党員数 約2万人

●現党首 フラウケ・ペトリ氏、イェルク・モイテン氏の2人

●政界勢力 欧州議会、独16州中8州議会で議席保有

■党基本綱領の主な柱(16年5月発表)

・ユーロ圏離脱と旧通貨独マルク復活。EUの権限縮小

・女性の服装や礼拝などに関するイスラム教の習慣の国内禁止

・高い技能を持つ難民・移民は歓迎するが、それ以外は入国制限

・現在の歴史教育を「ナチス期に偏重」と批判。ドイツ史の肯定的な部分への視野拡大を要求

・気候変動問題は自然現象だから仕方ない

再生可能エネルギーへの転換は費用の無駄。原発再稼働を要求

少子化対策は移民ではなく、社会基盤である家族制度の保護で

・徴兵制の復活

直接民主制の導入
    −−「『ドイツのトランプ』女性党首に聞く 新興政党なぜ躍進」、『朝日新聞』2016年06月07日(火)付。

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http://www.asahi.com/articles/ASJ64640RJ64UHBI024.html


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