覚え書:「【東京エンタメ堂書店】<江上剛のこの本よかった>途中でやめられない! 篠田節子の真骨頂」、『東京新聞』2016年09月05日(月)付。

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【東京エンタメ堂書店】

江上剛のこの本よかった>途中でやめられない! 篠田節子の真骨頂
 
2016年9月5日


 大好きな作家、篠田節子さんの3冊を紹介しよう。

◆働く女5人の戦い
 まずは直木賞受賞作で代表作の<1>『女たちのジハード』(集英社文庫、七六一円)。損害保険会社に勤務する五人の女性の生き方や考え方を描いた。条件の良い結婚を夢見て策略を巡らすリサ、男に面倒を見てもらえなければ生きていけない紀子、自分のマンション(城)を持つことでしぶとく生きようとする康子、英語という特技で生きていこうとする紗織、有能なのに結婚、出産で退社を余儀なくされるみどり。彼女たちに今流に言えばセクハラ、パワハラなどが猛烈に襲いかかり、サバイバルのための戦い(ジハード)が激しく、切なく、愛(いと)おしく展開する。
 初版刊行が一九九七年なのに内容が全く古びていない。「OLは、社員ではなく、オフィスの女だからだ」と紗織は言う。どんなに優秀な女性であっても組織の中では「社員」ではなく「女」として扱われることへの怒りだ。現在、この状況は果たして改善されただろうか。確かに露骨なセクハラなどは少なくなっただろう。政府は、女性が活躍する社会を標榜(ひょうぼう)して旗を振っている。しかし女性が社会で思いきり力を発揮できる環境はまだまだ。「女たちのジハード」は、続いているのだ。

◆怖すぎる食の真実
 <2>『ブラックボックス』(朝日文庫=九月七日発売、九二九円)は文庫化に当たって光栄にも解説を書かせてもらった。「ああ、恐ろしい。こんな恐ろしすぎる小説を読まなければ良かった」と評したが、読んだ後はカット野菜は絶対食べたくなくなる。コンビニやスーパーには天敵みたいな小説だ。
 登場するのは、同じ地元出身の三人。三浦剛は企業と提携し、完全管理施設農法による野菜工場を経営している。加藤栄実は、美人アナリストとしてもてはやされていたが不祥事に巻き込まれ、たどり着いたのが、大企業傘下のサラダ工場の深夜勤務という非正規労働の現場だった。市川聖子は、開業医と結婚し派手な暮らしをしていたが離婚。一念発起して栄養教諭の資格を取得し、地産地消の給食を普及させるために働いている。
 外国人労働者の窮状、未来型農業として注目を浴びる野菜工場の実態などが克明に描かれ、タイトルは、中身が見えない大企業の「儲(もう)かる農業」の恐怖を表現している。彼らは、大企業に敢然と戦いを挑む。果たしてその戦いは成功するのか。
 実は、『女たちのジハード』の中で無農薬農業に取り組む青年が登場する。ジハード戦士である康子は、その青年の野菜をビジネスに結び付けようと奮闘する。篠田さんは当時から食の安全に注目していたのだ。

◆自然が人間に報復
 <3>『竜と流木』(講談社、一七二八円)も利益追求する大企業などに対する自然からの報復がテーマ。篠田さんは、利益のみを追求する傲慢(ごうまん)な大企業がよほどお嫌いなのだろう。
 これも一気読みの面白さだ。南の孤島、ミクロ・タタにはウアブという愛らしい両生類が住んでいる。ウアブは島の守り神、水の守り神。保水力の乏しい小島で島民の生活を支える淡水の泉。この泉の水質を保っているのがウアブなのだ。
 主人公のジョージはウアブに魅せられ、その研究を二十数年も続けている。ある時、ミクロ・タタの豊富な水に目を付けた政治家やリゾート業者などが水道として他の島々に供給することに。しかしそうなれば泉の水位が下がり、ウアブは絶滅する。ウアブを救えとジョージたちが立ち上がるが、なかなか大きな運動にならない。苦肉の策としてウアブをリゾート施設の人工池に移すことにする。同じ淡水だからウアブを守ることができると考えたのだが……。
 自然を破壊する人間たちにウアブは恐怖の報復を開始する。孤島に伝わる竜伝説の深い意味を愚かな人間たちが知った時、恐怖は倍加。私たちは自然との共生を声高に言うが、私たち自身が自然の一部であることに改めて気づかされる。
 篠田さんの小説は社会問題をミステリーホラー仕立てで一気に読ませる。ああ恐ろしいと思っても、もう遅い。怖いもの見たさで、どんどんページを繰ってしまう。 (えがみ・ごう=作家)
 ※二カ月に一回掲載。
    −−「【東京エンタメ堂書店】<江上剛のこの本よかった>途中でやめられない! 篠田節子の真骨頂」、『東京新聞』2016年09月05日(月)付。

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http://www.tokyo-np.co.jp/article/book/entamedo/list/CK2016090502000175.html








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