覚え書:「売れてる本 日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [著]矢部宏治 [文]市川真人(批評家・早稲田大学准教授)」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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売れてる本
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [著]矢部宏治
[文]市川真人(批評家・早稲田大学准教授)  [掲載]2016年09月04日
 
■根源的な問い、まずは直視を

 同じ行為をされても誰がしたかで生理的な好悪が異なるように、人が何かを認識や判断するとき、無意識の偏向(バイアス)が生じることは多い。上陸するゴジラを前に無根拠に「自分は大丈夫」とスマホを向けさせるのもそれだ。哲学者のハンナ・アーレントホロコーストでのユダヤ人がなぜ強い抵抗をせず、墓穴を掘り横たわりすらしたかを考える。強大な権力や異常な状況が人の正常な判断力や思考力を奪うのはもちろんだが、同時に、根源的すぎる疑いは、疑う自分自身の来歴や思考システムをも否定しかねない。私たちは無意識に「(これまでの)自分」を守ろうと、思考の前提としてきた情報や認識の書き換えを拒むのだ。
 アーレントを引用して本書が突きつけるのも、そのような驚愕(きょうがく)の、そして根源的な認識の更新である。何しろ“日米安保条約が極東に想定する最大の「攻撃的脅威」は、他ならぬ日本そのもの”で、国連憲章でも事実上日本だけが今なお「敵国」扱いなのだという。日米原子力協定は条文のほとんどが“協定の終了後も引き続き有効”なる隷従的な側面を持ち、大気・土壌・水質の汚染関連法はあえて放射性物質を「汚染」の対象から外していた。日本の誇る憲法九条は国連の世界政府構想の亡骸(なきがら)で、その夢がついえた後も日本を武装解除する手段だった。日本語で「国連」と訳されるUnited Nationsはそもそも第二次大戦の「連合国」を意味する言葉である……等々“目から鱗(うろこ)”か我が目を疑う歴史観が、米公文書やウィキリークス、多数の歴史家の著作を基に示され、表題の二件に止(とど)まらず、我々が抱える疑問の多くを解きあかす。
 類書の中で異例の部数は本書の主題への関心と読後の興奮を示すはずだが、だからこそその内容は「見なかったこと」にしたい欲求も誘うだろう。衝撃的過ぎて真偽をめぐる議論すら聞こえてこないが、「トンデモ本」と黙殺するには重い一冊を、まずは冷静に読むべきだ。興奮も不快も賛否も、その後でよい。
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 集英社インターナショナル・1296円=10刷10万4千部
 2014年10月刊行。矢部氏の近著『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』も3刷3万7千部と支持を得ている。
    −−「売れてる本 日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか [著]矢部宏治 [文]市川真人(批評家・早稲田大学准教授)」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2016090400002.html



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日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか