覚え書:「サッカーと愛国 [著]清義明 [評者]星野智幸(小説家)」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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サッカーと愛国 [著]清義明
[評者]星野智幸(小説家)  [掲載]2016年09月04日   [ジャンル]ノンフィクション・評伝 
■差別と暴力を乗り越えるために

 2014年3月、浦和レッズのホーム、埼玉スタジアムの客席ゲートに、「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕が吊(つ)るされた。日本人専用、外国人お断り、という意味で、まぎれもない差別表現だ。
 これを知ったとき、浦和レッズのファンである私は、我を失い怒りで震えた。
 だが、その後のJリーグの対応は迅速だった。わずか数日で、浦和に無観客試合を科すという重い処分を発表。私は安堵(あんど)した。日本社会の大半がヘイトスピーチを野放しにし、止めようとしない中で、サッカーはすぐさま、差別は許さないことを行動で示したのだ。
 サッカーはナショナリズムを過熱させ、差別や排外主義へと人を駆り立てもするが、そのような暴力に真っ向から対峙(たいじ)し、乗り越えもする。横浜Fマリノスのサポーターでもある著者は、そのことを現場で経験し、知り尽くしている。
 本書によると、浦和事件の背景には、一部のレッズ関係者やサポーターが長年温存してきた朝鮮半島系の人々への敵対意識に加え、2002年の日韓ワールドカップ以降、日本社会に蔓延(まんえん)する嫌韓の気分があった。直接のターゲットとなったのは、当時浦和に加入したての在日4世の李忠成選手であったことを著者は明らかにする。当時のメディアは、誰に向けられた差別かをはっきりさせず、結果的に差別の内容を隠すことになったからだ。
 第1章の冒頭では、渋谷のスクランブル交差点でハイタッチを繰り広げるおなじみの光景が描かれる。だがその日、日本代表は負けたのだ。それでも「楽しい」と盛り上がる鬱屈(うっくつ)した愛国感情が、じつはヘイトスピーチと表裏一体であることを、著者は丁寧に証明する。
 「ナショナリズムは『フィクション』」という言葉には深く同意する。それが現実の劣等意識に利用されると、暴力と化す。どうすれば歯止めをかけられるのか、サッカーが蓄積した知恵から、本気で学びたい。
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 せい・よしあき 67年生まれ。フリーライター。サッカー雑誌への寄稿のほか、社会問題関連の論評も。
    −−「サッカーと愛国 [著]清義明 [評者]星野智幸(小説家)」、『朝日新聞』2016年09月04日(日)付。

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