覚え書:「悩んで読むか、読んで悩むか 新世界で経験いかせたら天職に 山本一力さん [文]山本一力」、『朝日新聞』2016年09月11日(日)付。

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悩んで読むか、読んで悩むか
新世界で経験いかせたら天職に 山本一力さん
[文]山本一力  [掲載]2016年09月11日

やまもと・いちりき 48年生まれ。作家。『あかね空』で直木賞。近著に『晩秋の陰画』『ずんずん!』。
 
■相談 教員を退職。保育士資格を取るべきか

 38年間教員を勤め、晴れて退職。1カ月ゆっくり休み、解放された日々を過ごした後、このまま人生終わりでいいのかと。その後、パートで始めた保育園の仕事に興味を覚え、保育士の資格試験を受けようかと考えています。自分の年齢を考えると、何を今さら、受験勉強やら結果への一喜一憂、眠れぬ夜をまた繰り返すのも何か違うかもしれないと感じるのですが。
 (広島県、パート女性、61歳)

■今週は山本一力さんが回答します

 相談内容を拝読しただけで、いかに教員生活と真摯(しんし)に向き合ってこられていたかが察せられる。
 後段に書かれている、保育士資格取得を目指しての悩み。受験したものか否かと逡巡(しゅんじゅん)しておいでかもしれないが、迷いは無用と申し上げる。
 だれにも天職はある。ときに当人は、それに気づかなかったりする。
 「あれがあのひとの天職だったのよねえ」と、周りが確信したりする。
 故マーガレット・サッチャー英首相は再選運動で、人材は家庭にあり、と訴えたと聞いたことがある。
 保育士とは就学前のこども、人材の原石と向き合う先生である。
 三十八年間の教員経験を、保育士という新世界で活用できるならば。
 この職に就くことは、あなたに与えられた天職だと思えてならない。
 未経験分野に一歩を踏み出すには、強い胆力がいる。決めるまでの悩みは、底の見えない深さに違いない。
 いざ決断では、自分がすべての責めを負う。決断と孤独は不可分だ。
 アン・モロウ・リンドバーグ著『海からの贈物(おくりもの)』。
 本書は昭和42年7月に、新潮社の文庫版初版が刊行された。いまだ版を重ねて読み継がれている名著だ。
 筆者は、大西洋単独横断飛行を成し遂げた、チャールズ・リンドバーグ(大佐)夫人。
 各章とも貝の名がつけられている。「つめた貝」という章には、孤独でいることから目を逸(そ)らさないでと、書いておられる。孤独の本質を知る彼女の言葉は読者の胸に響く。
 彼女自身、まだ黎明期(れいめいき)だった時代の女性飛行士である。当時の飛行機は装置も機体も発展途上だった。
 離陸には覚悟もいるだろうし、単独飛行中の孤独は濃くて深いはずだ。
 胆力もお持ちだろうに、本書は気負いのない記述に終始している。
 コネティカット州は、全米でも裕福な州として知られている。そんな町の海辺から、穏やかな口調で語りかけてくれるような随筆である。
 吉田健一氏の格調高い翻訳文と「あとがき」も、本書の魅力の一だ。
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 次回は書評家の吉田伸子さんが答えます。
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 住所、氏名、年齢、職業、電話番号、希望の回答者を明記し、郵送は〒104・8011 朝日新聞読書面「悩んで読むか、読んで悩むか」係、Eメールはdokusho−soudan@asahi.comへ。採用者には図書カード2000円分を進呈します。
    −−「悩んで読むか、読んで悩むか 新世界で経験いかせたら天職に 山本一力さん [文]山本一力」、『朝日新聞』2016年09月11日(日)付。

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