覚え書:「【書く人】共存のための思想を『鳥獣害動物たちと、どう向きあうか』 京都大名誉教授・祖田修さん(76)」、『東京新聞』2016年09月18日(日)付。

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【書く人】

共存のための思想を『鳥獣害動物たちと、どう向きあうか』 京都大名誉教授・祖田修さん(76)

2016年9月18日
 
 「ハクサイ、ナス、キャベツ、カボチャ…みんなやられました。稲の苗も田植えをした直後にシカに食べられてしまう。柵を設けて網を張っても、網をかじって穴を開け、柵の柱を押し倒して入ってくるのです」
 福井県立大の学長を二〇一〇年に退任。これを機に京都府城陽市の自宅から南東に四十キロほど離れた山間部に農地を購入し、毎週一、二回ずつ車で通って農作業にいそしんでいる。
 「京大にいたころから農学者として鳥獣害には関心を持っていましたが、これほどひどいとは思っていなかった。私は年金で生活していけるけれども、農家の人はたまりません。この問題を思想として整理しておかないと収拾がつかなくなる」と執筆の動機を語る。
 燃料が薪や木炭から電気やガスに換わり、木材の輸入自由化林業が衰退。人びとが山に入らなくなるのに伴って野生動物が急増、里に進出するなど生息域を拡大させた。動物保護や自然の保全を重視していた国も一四年の法改正で政策を転換し、ニホンジカとイノシシの頭数を半減させる捕獲目標を立てている。
 本書は鳥獣害に悩まされている全国の事例を紹介しているが、なかでも稲作、シイタケ栽培、クリ園、林業などを組み合わせた中山間地ならではのモデル農業を実現しながら、サルやイノシシ、クマ、シカの出現によって挫折した島根県篤農家・有井晴之さんの話は切ない。有井さんは、無念さからみずから猟師となって、動物を撃った。
 「有井さんはサルを撃つとき手が震えたそうです。サルは人間に似ているので撃つ人がいない。だけど、誰かが撃たなければ、農業経営は破綻してしまう。問題は、有井さんが苦しんだように、獣害と仏教の殺生戒、自然保護思想とのあいだで、どう折り合いをつけるかということだと思う」
 東西の自然観・動物観の歴史を詳細に検討したうえで、祖田さんがたどり着いたのは「形成均衡」という考え方だ。「本来、自然を管理するなどということは考えるべきではないが、もはやそれをしなければ動物も人間も生きてはいけません。動物たちが持続的に生存することができ、農家も経営を維持できる均衡状態を、その地域、その地域で構想し、形成しなければならない時期に来ているのではないでしょうか」
岩波新書・八八六円。
  (後藤喜一
    −−「【書く人】共存のための思想を『鳥獣害動物たちと、どう向きあうか』 京都大名誉教授・祖田修さん(76)」、『東京新聞』2016年09月18日(日)付。

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