覚え書:「安保法「違憲」で議論 元最高裁判事・藤田氏「精緻な理論」求め一石」、『朝日新聞』2016年06月22日(水)付。

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安保法「違憲」で議論 元最高裁判事・藤田氏「精緻な理論」求め一石
2016年6月22日

 集団的自衛権の行使を容認する安保法制には、憲法学者の大多数が憲法違反との判断を示した。では、その判断は、法律学的に十分に精緻(せいち)な理論で説明されているのか――。専門誌で投げかけられたそんな問いが、安保法制への賛否が異なる双方の立場から注目を集め、論壇で議論となった。

 ■長谷部氏「旧解釈は憲法として機能」 樋口氏「合憲性示す論考ではない」

 発端は雑誌「自治研究」2月号だった。行政法の重鎮で元最高裁判事でもある藤田宙靖(ときやす)氏が、論考「覚え書き――集団的自衛権の行使容認を巡る違憲論議について」を寄稿。憲法学者の9割が違憲と主張しているとされるが、なぜ違憲なのかについては学問的により精緻な理論的説明が必要なのでは、と問題提起した。

 安保法については朝日新聞社が昨年7月、法案段階で憲法学者ら209人にアンケートした結果を掲載。回答した122人のうち104人が「憲法違反」、15人が「憲法違反の可能性がある」と答えた一方、「憲法違反にはあたらない」は2人で、憲法学界と政権の対立構図が注目された。

 藤田氏は論考で、(1)一度示された憲法解釈は変えられないのか(2)全く新しい状況が現れた場合も法的安定性を優先すべきなのか、などを検討。多くの点について、違憲との判断を隙のないものにするにはさらに論拠が必要だとした。

 読売新聞は今年3月、特集「立憲主義とは何か」でこの論考を紹介。「政府が従来の憲法解釈を変更するのは立憲主義に反するという理屈は、それだけではあまりにも粗雑」という部分などを引用し、「専門家の間で論争」と伝えた。

 産経新聞社の雑誌「正論」6月号はこの特集紙面を取り上げ、「反安保の憲法学者たちの意見を根底から覆し」たと評価した。

 一方、藤田論考に対し、違憲論を掲げて正面から応じたのは、憲法学者の長谷部恭男氏だった。昨年6月の衆院憲法審査会に自民党推薦の参考人として出席し、安保法案は違憲と明言したことで知られる。今年4月刊行の自著『憲法の理性 増補新装版』に「補章」として主張を盛り込んだ。

 長谷部氏はまず、「解釈」とは法の文言を言葉通りに受け取れない場合などに必要とされる例外的活動だ、と指摘した。何を求めているのかが不明確な条文では国家機関の行動を適切に制約できない、そうしたとき明確で安定性のある解釈が文言そのものに代わって権威ある指針となる――。長谷部氏はそう説明したうえで、集団的自衛権は行使できないとする内閣法制局の旧解釈はそうした権威ある解釈、「憲法として現に機能する解釈」だったのだと説いた。

 そうである以上は、十分な理由がないまま変更すべきではない。そもそも今回政府は「状況の変化」が存在することを立証していないし、「新解釈」が政府をどう制約するかも不明確だ――。長谷部氏はそう訴えて、安倍内閣の示した「新解釈」は違憲であり立憲主義に反する、と結論づけた。

 憲法学の重鎮で藤田氏と旧知の仲でもある樋口陽一氏も、雑誌「世界」6月号で議論に加わった。

 藤田氏が論考で、個別的自衛権で十分対処できるという批判に政府が反論できていないとの認識を示していることや、厳しい縛りとされるものも実質的には底抜けなのではないかと記していることに、樋口氏は着目。藤田論考は「違憲」という結論の寸前まで論理を詰めた「“寸止め”の違憲論」だと評した。

 藤田論考は閣議決定や安保法制の「合憲」性を示すものだという読み方を批判する論評だった。

 ■学問の知、活用できる社会か

 一連の議論からは、憲法学という学問が現実政治との強い緊張関係に置かれている状況が見える。

 藤田氏は論考で、政権の政治姿勢に対する憲法学者たちの怒りを自分もほぼ共有するが、「政治的思いをそのまま違憲の結論に直結させることは、むしろその足元を危うくさせる」と記していた。

 憲法学者水島朝穂氏は「法律時報」5月号で、「精緻な理論」は確かに研究者の任務だが、「あまりに筋悪で、そうした論理を受け付けない憲法蔑視の政権」だから危機感を抱いて理論的・実践的に声をあげ続けていることを理解してほしい、と記した。

 安保法が施行された今、有権者にはどんな選択があるのか。樋口氏はこう語る。「立憲主義を軽視した政治の進め方を政権が自制せざるを得なくなる状況を、作り出していくか否か。それを選ぶべき状況なのではないか。安保法の中身に賛同する人々も含めて」

 この社会は、学問が生み出す知を活用しようとする社会なのか否か。一連の議論は、そんなことも問うているように見える。

 (編集委員塩倉裕
    −−「安保法「違憲」で議論 元最高裁判事・藤田氏「精緻な理論」求め一石」、『朝日新聞』2016年06月22日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12420721.html



 

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