覚え書:「耕論:英国人の決断 ピーター・バラカンさん、國分功一郎さん」、『朝日新聞』2016年06月25日(土)付。
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耕論:英国人の決断 ピーター・バラカンさん、國分功一郎さん
2016年6月25日
英国人が国民投票で、欧州連合(EU)からの離脱を決断した。その意識の奥底には何があったのか。世界を驚かせた決定につながった「国民投票」という手法は、参院選の先に憲法改正が見え隠れする私たちにとっても無縁ではない。
■なお残る「帝国」のプライド ピーター・バラカンさん(ブロードキャスター)
英国の人たちが離脱を選んだことに、僕は複雑な思いです。
英国は自分の道を1人で歩くことになるのか。本当に1人でやっていけるのか。もちろんそんなわけはないですから、前より不利な状況で欧州の国々と付き合うようになるし、米国との関係も難しくなるだろう。「墓穴を掘ってしまった」などと思わないように、うまくやってほしい。僕が今言えることは、こんなことぐらいです。
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もともと欧州大陸の人たちと英国人の感覚は、どこか決定的に違うところがあります。
欧州大陸の人たちを十把一絡げにはできませんが、大陸内は陸続きで、昔から行き来があり、戦争したり貿易したり、仲が良いかどうか別にして、わかりあっている部分は英国人よりはあると思う。
一方で、大陸と、ドーバー海峡を隔てる英国人は少し異なります。英国人だって、自分たちが単一民族ではない、雑多な集まりだということはわかっている。でも、なんだかんだ言いながら「昔は大英帝国だった」という変なプライドがどこかに残っている。何かあったら「だって我々はブリティッシュだから」と。
世界中どこででも、申し訳ない気持ちなしで英語で切り出すという人も少なくありません。インテリはともかく、多くの英国人にはどこの国でも英語が通用して当たり前という感覚がまだあります。
若い世代、特に大学出の人たちの目は欧州に向いています。彼らは外国語も学び外国に旅行もしている。グローバルな視野を持っている。そういう人たちだけなら大騒ぎにはならなかったし、離脱派が勝つこともなかったでしょう。
問題は僕らぐらいの世代で、第2次世界大戦の体験者から直接聞いてきた人たちです。子どものころは「ドイツは敵だ」という意識がありました。例えば「フォルティ・タワーズ」というどたばたテレビ番組があって、ドイツ人観光客をナチス扱いし、完全にばかにしていた。伝説の爆笑番組です。あの世代にはドイツに対する潜在的反感が残っていると思います。
タブロイド紙も、フランス人やドイツ人を蔑称で呼ぶことがあります。まだ英国にはこんな反感があるのかと時々感じますね。
英国人が「英国と欧州」と言っている、ですか。いいところを突きましたね。まるで英国は欧州の外にいるかのようです。日本人が「日本とアジア」と言うのと一緒です。最近は「日本もアジアの一員だ」という意識を持つ人が増えたけれど。すごく似ています。
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多くの一般市民は、長年EUの一員だったのだから、多少の不満があってもこれでいいと思っていたでしょう。離脱なんて考えもしなかったと思う。キャメロン首相が国民投票をすると発表したことで、EUに不信感や不満を持っていた人たちは声をあげ、騒ぐ人は騒ぐし、メディアがそれを取り上げ、人びとはだんだんあおられていった。国民投票をすると決めなければ、こんなことにはならなかったでしょう。
ただし、僕は、国民投票そのものには賛成です。これは究極の民主主義です。議会制民主主義が公平かと言ったら、必ずしもそうじゃないと多くの人は思っている。選挙で過半数をとったら、少数派になった残りの人たちは次の選挙までずっと涙をのまなければいけないのか。そうじゃない。
民主主義をうたうのであれば、大事なことに関しては国民の意見をきちんと聞くために、国民投票は不可欠です。何に関して行うかは慎重に決める。そして行うと決めたら、政府は情報を十分に出すこと。人びとはそれをもとに率直な議論を十分に重ねること。いろんな意見を全部聞いて、判断できるようにしないといけません。
その結果がこれですから、英国人としては受け止めないといけないですね。(聞き手 編集委員・刀祢館正明)
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Peter Barakan 51年ロンドン生まれ。大学で日本語を学び、74年に来日。ラジオやテレビの音楽番組に多数出演。著書に「ロックの英詞を読む――世界を変える歌」など。
■国民投票、世論が求めてこそ 國分功一郎さん(高崎経済大学准教授)
僕は英国はEUに残留すべきだと思っていたので、離脱という結果は衝撃でした。今回の国民投票が英国にとってよかったのかどうか、その判断は難しい。しかし、遅かれ早かれ、やらざるをえなかったとは思います。
住民投票や国民投票なら民主的というわけではない。いくつもクッションがある代議制と違い、直接投票だとそれで決定してしまう。だから住民や国民の要求に基づいて行われることが重要です。
2013年に東京都小平市で都道建設の見直しをめぐる住民投票に住民として関わりましたが、これは明確に住民からの要求によるものでした。それに対し、14年のクリミアのロシア編入をめぐる住民投票や15年の「大阪都構想」をめぐる住民投票は、権力側の道具として使われた面が大きかった。
今回のケースは、国民からの要求で行われた国民投票だと思います。国民、特に保守派の中には、EUに対する根深い不信感があります。キャメロン首相は残留派だから、本来なら国民投票などやりたくなかった。それでも、国民の圧力に応えざるをえなくなった。
現実的にも国民投票以外のやり方はなかったでしょう。問題の本質は、EUによる国家主権の制限を認めるかどうかということです。非常に難しい問題なので、議会だけではとても決められない。
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国民投票で浮き彫りにされたのは、格差の拡大による英国社会の分断が予想されていた以上に深刻だということです。離脱派は右と左の両方にいましたが、彼らは既得権層への強い反感を共有しています。米国におけるトランプ現象にも共通するものを感じます。残留派は、そうした離脱派の感情にきちんと応えることをしてこなかった。それが今回の結果につながったように思います。
EUから離脱することで、英国の経済や移民政策には大きな影響が出ざるをえないでしょう。ただ半数近くは残留派で、離脱派の大部分も欧州の価値観そのものを否定しているわけではありません。ただちに反欧州的な動きにつながることはないと思います。
国民投票による社会の分断の強まりを懸念する声もあるようですが、分断が強まるのは、大きな決定が不透明な仕方で行われた場合です。今回の投票はむしろ、英国社会が取り組むべき課題をはっきりさせたと考えるべきです。
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日本では参院選を控えて、憲法改正の国民投票が話題になっていますが、世論がその実施を求めているとは思えません。英国では残留派のキャメロン首相が国民投票の実施を選挙公約に掲げざるをえないほどの圧力があった。日本では、改憲勢力が改憲を争点化すると選挙で負けるから、それについて言及を避けるという状況で、正反対です。憲法改正の国民投票をやるべきだと考える政党なら、それを選挙で前面に押し出して訴えればいい。ところが、それはなされない。政党は、国民投票を求めぬ世論をくみ取っているのです。
今年3月まで1年間、英国に滞在して感じたのは、政治の言葉がまだ生きているということです。今回の国民投票でも、投票直前の21日夜に、BBCの主催で6千人の有権者が参加する討論会が開かれました。政治家も有権者も自分の言葉で語る、非常に充実した議論でした。政治制度は、制度だけでは機能しません。国民投票をやるというならば、あのように政治家と有権者が正々堂々と議論できる雰囲気が作られることが最低限の条件だと思います。
日本では、住民投票には議会による否決など様々な障害があり、住民が望んでもなかなか実施されません。他方で、憲法改正の国民投票は、現在の与党が世論とは無関係に望んでいる。住民や国民の訴えに応えるためには何が必要かを考え、このちぐはぐな状況を何とかすることが急務だと思います。(聞き手・尾沢智史)
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こくぶんこういちろう 74年生まれ。専門は哲学。15年4月〜16年3月に英キングストン大で研究。著書に「民主主義を直感するために」「来るべき民主主義」など。
−−「耕論:英国人の決断 ピーター・バラカンさん、國分功一郎さん」、『朝日新聞』2016年06月25日(土)付。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12426093.html