覚え書:「耕論:軍事研究と大学 上野誠也さん、中野不二男さん、金子元久さん」、『朝日新聞』2016年07月02日(土)付。

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耕論:軍事研究と大学 上野誠也さん、中野不二男さん、金子元久さん
2016年7月2日

イラスト・高山裕也

 生活を豊かにするためにも兵器にも使える科学技術。軍事研究と一線を画してきた大学のあり方をめぐり、日本学術会議が議論を始めた。あいまいな境界に、どう向きあうのか。

 

 ■自衛目的の開発、積極的に 上野誠也さん(横浜国立大大学院教授)

 私たちの研究室に防衛省の技術者が国内留学に来ていたのが縁で、いま防衛省と技術交流を進めています。複数の小型ロボットを連係して動かして、一つの目的を達成させる研究です。

 防衛省はロボットを作り、われわれはロボットを動かすソフトを作っています。直接のお金のやりとりはありませんが、ソフトとハードの知識を融通し合うことでお互いの研究に役立てるしくみです。お金のかかるハード作りを防衛省が担当してくれて、助かっています。

 ロボットは軍事にも民生にも活用できる「デュアルユース技術」の典型です。防衛省は、日本に侵入したテロリストの識別や監視などへの応用を念頭に置いているようですが、われわれは山岳遭難などでの人命救助、海洋資源の探査といった用途を考えています。同じ技術ですが、狙いどころは違います。

 昨年、防衛省が大学などの研究者を対象に、公募型の研究費制度を始めました。わが国の安全保障に役立つ技術の基礎研究を対象に、大学などに直接お金を提供する制度で、1件の予算は最大3千万円と多額です。

 われわれ研究者にとってこうした予算はとても魅力的です。大学からもらうお金だけでは研究費をまかなえませんし、学会に参加する旅費にも事欠くのが実情です。それに、この制度は技術交流と同様、成果は論文などで公開できます。大学の研究者は論文で評価が決まりますから、この点は重要なのです。

 こうしたまとまった予算規模の制度に加えて、防衛省が今後、ロボットのレスキュー大会のようなコンテストを主催して、参加者へ研究助成をするといった方式を打ち出せば、大学の研究者は参加しやすくなるでしょう。コンテストは学生の研究意欲を高める有効な方法です。

 長らく、日本の大学は軍事研究と一線を画してきました。東京大や京都大など有力大学が軍事研究を行わない方針を維持し続け、そこで育った研究者が全国の大学の有力ポストにおり、伝統が続いてきたと思います。大学当局はどこも、軍事との関わりを指摘されるのを恐れています。

 しかし、戦後70年以上たち、「軍事」の意味はどんどん変化しています。かつては国家間の戦争が念頭に置かれましたが、テロが増えた今は、どこにリスクが潜んでいるかわかりません。

 防衛省が目指す技術には、例えばサイバー防衛や化学物質の探知といった、危険を見つけて回避するセキュリティー技術があります。大学は人命を奪う攻撃的な軍事技術に関与すべきではありませんが、こうした自衛のための技術開発には、もっと積極的に貢献すべきだと思います。

 (聞き手・嘉幡久敬)

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 うえのせいや 57年生まれ。専門は航空宇宙工学。日本工学会理事。日本航空宇宙学会の会長も務めた。

 

 ■技術こそ「静かな抑止力」 中野不二男さん(科学技術ジャーナリスト)

 技術というのは、生まれたときからデュアル(両用)、つまり、使い方次第で民生用にも軍事用にもなるものです。高性能のエンジンを開発すれば、それは戦闘機用にもなる。ロボットだってそうです。そういう性格をもった技術をどう考え、どう扱うのか、もっと早い時期からきちんと考えておくべきでした。

 僕がずっとかかわってきた航空宇宙分野でいえば、かつて、日本のロケットエンジンを米国が全地球測位システム(GPS)の衛星の打ち上げ用に買おうとしたことがありましたが、GPS衛星は軍事用だからとストップがかかりました。日本でもGPSを使ったカーナビが出始めていましたが、その是非は大きな議論になりませんでした。

 もとをたどれば、宇宙の開発及び利用は「平和目的に限る」という1969年の国会決議があります。全会一致でした。以来、平和利用という、だれからも非難されない言葉をいわば「金科玉条」のようにして思考停止してしまったと思います。これだけ言っておけば、それ以上考えなくてすみますから。

 技術の性格をしっかり踏まえたうえで、どう使っていくのかを考えるのは、本来、政治の役割です。しかし、今の政治状況は「思考停止」から「行け行けどんどん」へ、極端から極端に走る安易さを感じています。

 宇宙分野は宇宙基本法で安全保障が前面に打ち出されました。安全保障は必要だと思います。ただ、僕が考える安全保障は技術力を見せつける「静かな抑止力」です。

 例えば、小惑星探査機はやぶさ。正確に予定の場所でサンプル入りのカプセルを回収しました。その技術を見る人が見れば、そのまま大陸間弾道ミサイルの技術であることがわかります。一方で、そうする意図がないことを明確にして懸念を招かないようにする、それも政治の仕事です。

 米国では、成果をオープンにしている航空宇宙局(NASA)は、国防総省とは完全な別組織です。ただし、技術者は行ったり来たりして技術を発展させています。非公開の研究をする所はきちんと分け、一方で、技術者は交流できるようつなげる所はつなげる、そんな態勢が必要です。

 軍事技術の開発を目的にした狭い意味での安全保障だと、どうしても閉鎖的になるし、すぐ役立つことが中心になる。目先の開発だけ追求していては、技術自体が先細りになってしまいます。

 大学には、自由な発想に基づく研究で未来を切りひらく重要な役割があります。それが損なわれては、将来にとって大きなマイナスです。

 これまで目を背けてきた技術の現実を踏まえ、長期的に日本の技術を伸ばすために必要なことを考える時です。

 (聞き手・辻篤子)

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 なかのふじお 50年生まれ。ノンフィクション作家、京都大学特任教授(宇宙総合学)。宇宙開発委員会専門委員も務めた。

 

 ■学術交流、安全保障に貢献 金子元久さん(筑波大学特命教授)

 2004年に国立大学が法人化して以降、国から大学への運営費交付金が10%以上も減りました。その代わりに、国は成果が期待できる研究を選んで予算を配分する競争的資金を増やしています。

 研究費に事欠く地方大学だけでなく、東京大や京都大など有力な大学も、競争的資金が欠かせないという中毒のような症状に陥っています。

 そこに登場したのが、防衛省が公募する競争的資金「安全保障技術研究推進制度」です。軍事利用を念頭に置いたものでも研究者が群がりたくなる心理は想像できます。

 しかし、こうした研究に大学が関わることで、長期的にみて、自由な発想に基づく研究や、研究成果の公開の原則、研究者の国境を越えた自由な交流といった大学の良き伝統が損なわれないか、自然科学だけでなく人文社会系の研究者も含めて広く議論する必要があります。

 法人化後、大学は危機的な状況にあります。若手研究者の立場が不安定になり、博士課程に進む学生が急速に減っています。学術論文の数は伸び悩み、国際的な競争力も低下しています。

 特に強調したいのは、国際的な共同論文の伸び悩みです。海外では欧州の共同論文の伸びが顕著です。欧州連合(EU)は、学者の交流が研究を活性化させ、アイデアを生み出すとの信念から、長期的展望で交流を進めており、成果が表れ始めています。

 日本は、米国との交流はこれまで通り盛んですが、中国や韓国などの東アジアとの共同研究は増えていません。

 日本で軍事研究の必要性が注目される背景には、日本と中国の緊張の高まりがあると私は考えています。その今、日中の学術交流を深めることには大きな意義があります。

 中国の大学は近年、論文が飛躍的に増え、研究資金も日本に見劣りしません。学術交流は双方で優れた研究成果を生むだけでなく、学生の教育にもメリットがあります。中国の学生や研究者が日本に来て日本を知ることは、広い意味での国防につながります。

 将来、国を背負う中国の優秀な学生や研究者に日本の優れた点を理解してもらう機会になります。一枚岩になって偏った意見を押し通すのではなく、議論によって合意を形成していくことの意義を、国際的な体験を通じて互いに知ることにもなります。人文社会科学の研究者の協力関係も大切です。東アジアの学術の協力環境を作ることは、それ自体が安全保障上の役割を果たす意味でも重要なのです。

 いま、東アジアの学術交流の予算は少ないのが現実です。国と大学に必要なのは、研究者を競争的資金の獲得に追い立てることではなく、長期的な展望に立ったお金の使い方を考えることではないでしょうか。

 (聞き手・嘉幡久敬)

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 かねこもとひさ 50年生まれ。専門は高等教育論。東京大教育学研究科長などを経て現職。中央教育審議会委員も務めた。
    −−「耕論:軍事研究と大学 上野誠也さん、中野不二男さん、金子元久さん」、『朝日新聞』2016年07月02日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12438003.html


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