覚え書:「耕論 日本人も「敵」の時代 高岡豊さん、佐伯武さん」、『朝日新聞』2016年07月06日(水)付。

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耕論 日本人も「敵」の時代 高岡豊さん、佐伯武さん
2016年7月6日

 バングラデシュダッカのテロ事件で、日本人7人が犠牲になった。現地報道などによると、日本人男性が「私は日本人だ。撃たないでくれ」と懇願するなかでの惨劇だったという。日本人も「敵」とみなされる時代になりつつあるのだろうか。

 ■「援助で貢献」も通用せず 高岡豊さん(中東調査会上席研究員)

 今回のテロ事件で、過激派組織「イスラム国」(IS)バングラデシュを名乗る組織が、インターネット上に犯行声明を出しました。文体や体裁、ロゴなどからISの正式なものとみて間違いないでしょう。実行犯の画像もそろえています。テロへのISの一定の関与がうかがわれます。

 ISのテロへの関与度は様々です。シリアやイラクの戦闘ではISが自らの資金で立案、実行し、一部始終を動画で撮影。最も強い関与といえます。先月、米フロリダ州であった銃乱射事件は、もともとISとは関係ない者が起こしたが、ISが犯行声明を出して取り込んだもので、弱い関与と言えます。ダッカの事件はその両者の間に位置づけられると思います。

 各国政府は、ISに関わる人たちの出入国の動向を監視し、国際機関に報告しています。しかしバングラデシュ政府はきちんと監視してきませんでした。今回の事件で、当局はISの関与を否定してきましたが説得力が弱い。IS関連組織はバングラデシュ国内に存在し、彼らが起こした事件でしょう。

 ISのテロ活動は、シリアやイラクなどの支配地域から欧州やアジアまでに広がっていると見ることができます。ISはフランス、ベルギー、インドネシアバングラデシュというように世界中から人や資金を集める。それをトルコ経由でシリア、イラクに送り込んできた。しかし国際的なIS対策が徐々に進み、ルートが妨げられてきた。そこで送り出した国々、あるいは集積されたトルコで、行き場を失ったエネルギーが爆発。それが今、起きているテロです。

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 かつて普通のイスラム教徒は、日本について、よく知らないけれど、ドラマ「おしん」や電化製品などから素朴な親近感を抱いてきた。しかし、イスラム過激派は違います。

 2001年の米同時多発テロ後のアフガニスタン攻撃、03年のイラク戦争などを経て、イスラム過激派は日本を「十字軍同盟の一員」、つまり「敵国」に分類している。もはや日本人であるからといって、イスラム過激派が容赦することは一切ない。

 バングラデシュは「穏健なイスラム社会で親日的」「日本は援助で貢献している」と言っても、その国の政府と対立する過激派には通用しない。彼らは国連や援助団体がイスラム社会を破壊するために活動していると考えているのです。

 また、日本のメディアは自由に報道できるため、ニュースが日本や世界に広がります。報道機関の力の弱い国の国民が犠牲になればあまり伝わりません。そうした状況下では、ISは、欧米人や日本人を標的にするのが効果的だと考えるようになるでしょう。

 ただ、日本を舞台にしたISのテロが起きる可能性は少ないと思います。日本には、イスラム過激派のために人や物を集めて送り込む拠点や活動がない。ときどきネットに感化されてふらふら中東に行く日本人もいますが、ISにとっては招かざる客です。ISは拠点がある国で、候補者は勧誘段階できちんと面接し、スパイでないこと、思想信条を理解していることなどを確認してから教育を始めます。勧誘や送り出しのための組織がない日本に、外から人がきてテロを起こすのは困難です。

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 アジアでは、IS関係者の出入りが活発なインドネシアやマレーシア、インド、パキスタンなどでテロが起きやすい。危険情報の収集や発信は、必要なときに望むように出てくるわけではない。日本社会が日頃から関心を持って、人や資源を費やし、情報を蓄積していかないとだめです。

 海外で暮らしたり旅行したりする場合は、交通事故やひったくりを警戒するように、テロもいつでも起きるものだと注意を払う。そういう意識が必要です。

 (聞き手・桜井泉)

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 たかおかゆたか 75年生まれ。「イスラム国」(IS)など、イスラム過激派を研究。在シリア日本大使館専門調査員をへて現職。著書に「現代シリアの部族と政治・社会」。

 

 ■巻き添えを避ける行動を 佐伯武さん(警備会社副社長)

 テロ事件発生から間もない2日午前2時(日本時間)、バングラデシュダッカにいる現地情報員から事件の一報が電話で入りました。同国では昨年10月に日本人が銃撃され死亡する事件があり、すぐに現地に進出する企業には治安悪化の警告を発しました。その後、過激派組織「イスラム国」(IS)がテロを呼びかけていたラマダン(断食月)の期間中については特に危険だ、と注意を促していました。夜にレストランを襲撃する手口は、昨年11月にあったパリの同時多発テロに似ている、と感じます。

 約20年間にバングラデシュを10回以上訪れています。以前は政治情勢に絡む報告を書くことが多かったのですが、この4月に「過激派組織等が、外国人を標的としたテロをダッカなどで敢行する可能性も依然として排除し得ない情勢だ」というテロ警戒情報を関係企業に伝えたばかりでした。当社では、テロのリスクを国別にAからEまで高い順に分けています。Aはシリアとイラクなど。バングラデシュについては昨年10月に、CからBに引き上げており、リスクが高まっていました。

 バングラデシュでは2大政党間の政権交代があったのですが、この数年間は一党独裁に近い政権が続き、批判勢力の不満が鬱積(うっせき)している状況です。もともとあったイスラムの過激派組織がブームに乗ってIS化していますが、治安当局は国内でのISの存在をことさらに否定している状況です。

 ただ、過激派の伸長は明らかで、そうした勢力は、イラク戦争以降、米国人ほどでないにせよ、米国側に立った日本人も敵の一部とみなしています。「日本人は敵対してこなかったから大丈夫」という考えは捨てないといけない、と思います。

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 国内企業でテロ対策への関心が急速に高まったのは2013年にアルジェリアの襲撃事件で日本人10人が死亡してからです。

 要請を受けて私自身、昨年はヨルダンやトルコ、サウジアラビアなどを訪れ、現地の事務所や住宅をチェックしました。「近くにテロの標的になるものはないか」「オフィスが襲撃されたときの避難ルートは適切か」といった項目を確認しました。街角や観光地で武装する警備員の姿が増え、現地の日本人の警戒心も高まっていました。

 テロが頻発しているとはいえ、対策は以前から言っていることとさほど変化はありません。多くの犠牲者を出そうとするテロリストに対し、巻き添えを可能な限り避ける行動を取ることです。

 具体的には「電車では爆弾が仕掛けられる可能性が比較的低い最後尾の車両に乗る」「空港ではセキュリティーチェックを早めに済ませ、制限区域内に入る」「狙われやすい欧米人がよく利用するレストランは避ける」といったことです。バングラデシュのテロはラマダン最後の金曜日、欧米人が多い夜9時ごろの犯行でした。

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 日本企業の危機管理に対する意識は高まってはいます。今回の事件でもイタリア人の犠牲者が最も多かったように、欧米企業の危機管理が日本企業よりもすぐれている、とは言えないと思います。しかし、日本企業の多くは「よその企業はどうしていますか」といった付和雷同的な反応が依然として多いのが実情です。その点、商社は進んでいます。非常時にそれぞれの社員がどのような行動を取るべきか、といった具体的な助言を求めてきます。

 当社では、海外の危機管理コンサルティング事業に力を入れています。欧米の企業と比べると、日本企業の危機管理対策はまだ不十分です。

 日本人が海外で標的となる危険性は、ますます高まっていると思います。企業も個人も、その認識を持たないといけないと思います。

 (聞き手・川本裕司)

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 さえきたけし 47年生まれ。70年、警視庁に入り外事1課を経て、88年、危機管理や空港の保安警備を手がける警備会社「ジェイ・エスエス」入社。昨年から副社長。
    −−「耕論 日本人も「敵」の時代 高岡豊さん、佐伯武さん」、『朝日新聞』2016年07月06日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12444205.html





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