覚え書:「2016参院選 3分の2の世界 大山礼子さん、飯田健さん、御厨貴さん」、『朝日新聞』2016年07月08日(金)付。

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2016参院選 3分の2の世界 大山礼子さん、飯田健さん御厨貴さん
2016年7月8日

イラスト・竹田明日香

 憲法与野党が四つに組んで議論しているとはおよそ言えない選挙戦。そんな中、「改憲勢力」が憲法改正発議に必要な3分の2に届く勢いという。その先に見えてくるものは。

特集:2016参院選
候補者のスタンスは? 朝日・東大谷口研究室共同調査
 ■まず国会の正統性確立を 大山礼子さん(駒沢大学教授)

 日本国憲法が制定されて以降の70年近く、憲法改正は常に国会の議論の対象であったとはいえ、前提となる国民投票法が2014年まで不備だったなど、現実味を欠いていました。今回の参院選でいわゆる「改憲勢力」が衆院だけでなく参院でも3分の2の議席を占めることに仮になれば、過去に前例のない段階に入るといえるでしょう。

 ただし、改憲に前向きな政党を「改憲勢力」とひとくくりにすることについては慎重に考える必要があります。

 自民党が発表している改憲草案に、ともに連立与党を組む公明党が賛成しているとはとても思えません。憲法改正が重要なことは言うまでもなく、だからこそ今回の参院選で両党は、憲法についての共通の考え方、また、本当に改正をしたいならどこから手をつけるつもりなのかなどを、有権者に示すべきではないでしょうか。そうでなければ、本来、有権者は投票のしようもないはずです。

 参院選が終われば、憲法審査会も再び本格的に動き出すことになるのでしょう。憲法審査会の委員や会長、幹事などの決め方や政党別の割り当ては、慣行に基づいており、審査会の構成に選挙の結果が影響します。

 そもそも日本の国会は、ごくまれに与野党の協議で法案が修正されることがあっても、委員会などの表の議論を通してではなく、水面下の交渉で行われるのが常でした。内閣が提出した法案をめぐって野党が時間切れや廃案に追い込むことを目標に、スケジュール闘争に終始しがちだったのです。

 こうした実情をふまえれば、憲法審査会で仮に憲法改正案の審議がされることになっても、多数決のルールに従い、本会議で過半数を持つ政党の案をのむかのまないかということになってしまわないか。発議が可能な数がそろっているとき、憲法について言論で協議し、改正案を作り上げることができるのでしょうか。日本の国会ではほとんど経験のないことが求められているのです。

 国会に設置されている委員会にはその政策分野を担当する内閣の部局や省庁があります。でも、憲法改正を担当する役所なんてありません。あらゆることを手探りで一歩一歩進めなければなりません。

 今回の参院選から、一部の県を合併させる合区での選挙が実施されます。抜本的な選挙制度改革が求められたなか、とりあえずの手直しで、やはり一票の格差死票の多さなどの問題を伴っています。憲法改正を訴えるのもいいですが、それだけ重要な決定には国会の正統性がひときわ求められます。国民の代表を公平に選ぶしくみを確立するなど、憲法改正の前に必要な改革は山積しています。

 (聞き手・池田伸壹)

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 おおやまれいこ 54年生まれ。国立国会図書館勤務などを経て現職。著書に「比較議会政治論」「日本の国会」「国会学入門」。

 ■変化願う層、リスク取る 飯田健さん同志社大学准教授)

 改憲への反対意見がいまも根強いという傾向は、さまざまな世論調査で出ています。だから改憲勢力で3分の2になりそうとなれば危機感を持つ人は多いでしょう。ただ、それで投票先を決めるという人は少ないと思います。

 有権者憲法より経済政策を優先するものです。2014年衆院選の朝日・東大調査でも、重視されたのは景気や雇用、社会保障で、憲法問題を挙げた人は少数でした。この傾向はどの選挙でも同じ。政党の公約は経済、社会保障などの政策がパッケージ化されており、よほど思い入れがない限り、憲法は紛れます。

 また改憲の本丸は9条ですが、軍事的な抑止力を高めようという主張は訴求力を増しています。14年度の内閣府世論調査で、日本が戦争に巻き込まれる危険があるかの問いに75・5%の人が「ある」と答えました。最近の中国の状況などを見て、原理的には平和主義でも現実的には改憲派の主張を受け入れる、という思考になりやすいのです。

 集団的自衛権の政府解釈を変えた14年の閣議決定や15年の安保法制の後、安倍内閣の支持率はいったん悪くなりましたがすぐ回復しました。人々の意識が経済状況や国際環境の変化に向いていることを裏書きしていると思います。

 考慮したいのは、リスクを取ろうという有権者の存在。「とにかく現状を変えたい」と願う人たちです。

 バブル崩壊後、2000年代には、このままではジリ貧だという状況がはっきりしてきました。特にそれまで成長の果実を味わってきた中間層には、蓄えが失われる局面はきつい。子どもの将来はますます不安。となると、株価暴落やインフレなどのリスクはあっても、巻き返すためにアベノミクスのギャンブルに乗ることをいとわなくなる。

 安全保障でも、アジアが不安定化し、日本の軍事的優位性も低下しているという認識が強まると、戦争に巻き込まれるリスクを受け入れてでも、アメリカに見捨てられない同盟強化の道を選ぶ。

 14年衆院選小林良彰慶大教授らと行った意識調査で、「虎穴に入らずんば虎児を得ず」のことわざの考え方に同意する人たちは自民党に投票する、という傾向が分かりました。変えたいと思う人は、投票など政治行動も積極的です。彼らの存在が安倍さんを下支えしています。

 13年参院選は、憲法96条改正の意欲をはっきりさせていた安倍さんが勝ち、衆参のねじれが解消しました。さらに今回3分の2が改憲勢力に渡るか。変化を望む人たちが再び左右するかもしれません。

 社会を見渡すと、成功のためにリスクを恐れるなといった言い方が定着しました。こうした傾向は、有権者の政治への態度にもつながっています。

 (聞き手・村上研志)

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 いいだたけし 76年生まれ。専門は政治行動論。有権者のリスクへの考え方と投票行動を分析した著書を近く刊行する予定。

 ■憲法議論の先陣、野党こそ 御厨貴さん(東京大学名誉教授)

 改憲に賛成の政党が参院で3分の2に届くと、安倍晋三首相が実際に憲法改正に踏み切るのかどうかに関わらず、憲法について自由に言い、行動できるフリーハンドを彼に与えることになります。

 政権に返り咲いてからの3年半、安倍さんは、イデオロギーや国家的価値の問題を常に経済政策などのウラに隠しつつ、しかし必ずどこかに言及する、という態度に終始してきました。今回の参院選でも、憲法改正については熱く語らない。「経済が一番大事だ」と言いながら、少しだけ言及しています。

 有権者はさすがにもう、そういう安倍さんのやり方を理解しないといけないでしょう。前回衆院選でもアベノミクスを前面に打ち出しましたが、選挙後は安全保障法制の成立が待っていました。今回、国民が3分の2を与えるということになれば、ある種の堰(せき)を切ることになるのですから。

 安倍さんは憲法改正について、自民党が結党以来、常に意識している大事な問題だと言うけれども、具体的な議論はしません。もしも突っ込んだ議論をすれば、連立を組む与党の公明党との間でも改正をしたい項目が明らかに異なるので、立ち往生してしまいます。あいまいなまま、というのがポイントです。

 かつての自民党は、党内に多様な意見や議論があったし、大平正芳さんが首相の頃、最終的に断念したものの、一般消費税の導入を掲げて選挙に臨むなど、有権者にとって受けの悪いことも訴えることのできた政党でした。

 選挙後、安倍さんが憲法改正に乗り出すのかどうかは分かりません。すでに政権もかなりくたびれています。真正面から取り上げるには大変な課題で、議論は進めるけど、決めないということになるかもしれません。後継者選びやいつまで首相をやり続けるのかとも密接にかかわります。

 しかし、常に火を絶やさないようにしておく、この国の将来を真剣に考える際には憲法改正の議論が避けられないのだということを、陰に陽に訴えていくでしょう。祖父の岸信介さんがそうだったように、首相を辞めた後も憲法改正の運動に取り組むこともできます。

 民進党などの野党は、まるで55年体制社会党に先祖返りしたかのように、「反対」に終始してきました。それも、安倍さんや政権の体質に絡めた批判ばかりです。本来は、野党こそが、憲法そのものの中身について、先陣を切って踏み込んで議論をすればよいのです。

 これからの日本には厳しい選択が続くでしょうが、有権者に対して、この国の将来を見直すために、選択肢を示さなければなりません。それが政党の責任ですよ。

 (聞き手・池田伸壹)

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 みくりやたかし 51年生まれ。青山学院大特任教授、TBSテレビ「時事放談」司会も務める。新著に「政治家の見極め方」。
    −−「2016参院選 3分の2の世界 大山礼子さん、飯田健さん御厨貴さん」、『朝日新聞』2016年07月08日(金)付。

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