覚え書:「「産めよ殖やせよ」の違和感 窪美澄さん×村田沙耶香さん」、『朝日新聞』2016年7月13日(水)付。

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「産めよ殖やせよ」の違和感 窪美澄さん×村田沙耶香さん
2016年7月13日

窪美澄さん=早坂元興撮影

 結婚やセックスをする人は少数派で、子を産むと社会保障を受けられるが、生まれた子は国や社会のもの――。日本の未来予想図を想起させるような小説が、話題を呼んでいる。『アカガミ』と『消滅世界』をそれぞれ著した作家の窪美澄(くぼみすみ)さん(50)と村田沙耶香(さやか)さん(36)が語りあった。

 ■不協和音受け入れない社会/家族のいろんな選択肢を小説に

 窪 作品を書いた一昨年から昨年にかけて、少子化やセックスが「国」の問題として絡め取られていきそうな予感がありました。きな臭い安保法制のニュースがあり、日本が外圧に対して内部の力を高めようとしている雰囲気を感じました。戦前の「産めよ殖やせよ」の世界に先祖返りするのではないかという気持ち悪さがあります。

 私自身、息子を国のために産んだという気持ちは全然ない。政治家が「少子化のためにこうすべきだ」と言うのを聞くと、生殖という生のところを、硬い物でえぐられるような嫌な気持ちになります。

 ――作品では、国が作った制度に参加して子どもをもうける人は社会保障などを受けられます。産んだ人の保障を手厚くするべきだという議論は現実にもあります。

 村田 子どものいる友達が、もう1人欲しいけれどお金や保育園が足りずに悩むのを見ると、産みたい時に産める環境があったらいいのになあと思います。そのために税金を払うことに何の疑問もないけれど、そうした支援政策を、「国が繁栄していくため」と言われると、ちょっと怖い気持ちになります。子宮が個人のものではなくなるような。

 窪 親になるかもしれない人が子どものいる未来に希望を感じられないのであれば、箱物を増やしお金を配っても、産む人は増えないのではないでしょうか。

 村田 妊婦さんに嫌がらせをしたり、電車の中で泣いている子どもに舌打ちしたりする人がいる話を聞くと悲しくなります。

 窪 子どもは増えて欲しい、ただし電車の中で騒ぐような子どもは嫌だ、ということでしょうか。子どもはそもそも不協和音やノイズを生み出す存在です。そういうものを受け入れられない社会になっていることも、少子化につながっているのでは。

 ――セックスレスも子どもが減っている原因なのでしょうか。

 村田 性欲を必ずしもセックスではなく、例えば2次元など自由な形で昇華していくことに違和感はないです。人工授精やクローン技術などで命をつないでいけるとしたら、それはそれで人間の繁殖の形のような気がしていますし、楽になれる人もいるのかなと想像しています。

 窪 でも、どんなに生殖技術が発達しても人間の体そのものは変わらない。社会的な要因でセックスが少なくなることはあるかもしれないけれど、性欲はゼロにはならない。一方で、いつまでも産めるという情報に引きずられて時機を逃す人もいます。私は子どもを産みたい、とはっきりした意思で本気で取り組もうとする人は全体的にみれば少数派なのかも。なんとなく今は選択できない、という人の方が多いような気がします。

 村田 産むか産まないかは、恋をして結婚してから考えることではなく、自分の体が産めるか産めないか、の問題になりました。

 窪 私はバブル世代で、恋愛して結婚に至る「ロマンチックラブ」が盛り上がっていました。今は恋愛と家族とセックスがすごく切り離されている感じがしています。

 村田 親世代のお見合い結婚は、今の婚活に近い感覚かなと思う時があります。人間という動物の歴史の中で、恋愛の結果子どもが生まれるという時代は、想像より短かったのかな、と考えたり。

 ――家族のこれからは。

 窪 正しい一つのかたちはありません。血縁がなくても家族と呼べるものがあるし、家族がいない人がだめなわけでもない。

 村田 小さい頃から、自由でいいよと言われながら、「恋愛・結婚・出産ハッピーエンド」みたいなシナリオが一応用意されているのが苦しかった。いろんな選択肢を想像して、固定観念の足かせを外したくて小説を書いてきました。変わった選択肢を選んだ人たちは、現実ではすごく戦わないといけないから、小説では「平然と」そうしている光景を書いてみることが多いです。

 (構成・高重治香)

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 窪美澄さん 育児雑誌のライターなどを経験。著書に『ふがいない僕は空を見た』(山本周五郎賞)、『晴天の迷いクジラ』ほか。

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 『アカガミ』(河出書房新社) 2020年を境に若者たちは自殺へ駆り立てられ、性や恋愛への関心を失っていた。主人公の女性は、男女を「番(つが)い」にして「まぐわい(セックス)」により子どもをもうけさせる国の制度「アカガミ」に志願する。

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 村田沙耶香さん 著書に『ギンイロノウタ』、『しろいろの街の、その骨の体温の』(三島由紀夫賞)、『殺人出産』ほか。

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 『消滅世界』(河出書房新社) 生殖は人工授精のみで行われ、夫婦間のセックスは近親相姦(そうかん)とされる世界。主人公の女性は「交尾(セックス)」で生まれ、自らもセックスをする珍しい存在だ。男性も人工子宮をつけ、抽選で当たった人が順番に人工授精をする実験都市に移住する。
    −−「「産めよ殖やせよ」の違和感 窪美澄さん×村田沙耶香さん」、『朝日新聞』2016年7月13日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12456929.html





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