覚え書:「文豪の朗読 開高健「ベトナム戦記」 山下澄人が聴く [文]山下澄人(作家・劇団主宰)」、『朝日新聞』2016年10月16日(日)付。

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文豪の朗読

開高健ベトナム戦記」 山下澄人が聴く

[文]山下澄人(作家・劇団主宰)  [掲載]2016年10月16日

■多弁な人の速い声が聞こえる
 
 開高健の声は子どものようだ。甲高くて速い。
 ほとんど本を読まなかった若いとき、唯一見つけたら読んでいたのが開高健で、『オーパ!』から読みはじめて出ていた本をほとんどさかのぼるようにして読んだ。初期の『裸の王様』や『巨人と玩具』を読んだとき印象が違った。その境目にベトナム戦争があることを知ったのはあとのことだ。
 開高健の書くものはベトナム戦争へ記者として潜り込んで帰って来てから以降まったく違う。確かその境目に『青い月曜日』があって、戻って来てから続きが書けずにいたとエッセーか何かに書いてあったのを読んだおぼえがある。
 テレビで本人が釣りへ出かけていく紀行番組を見て開高健の声に驚いた。あの姿かたちにも同じように驚いてもよさそうだけど、写真で何度もみていたというのもあったがその姿かたちには驚かなかった。あの声に驚いたのだ。別の声を想像していたとかそういう意味ではない。作者の声など想像しない。そもそも生身の人間が書いているとは思ってない。思ってないという自覚すらない。そこには本しかない。作者の生き死にもない。少なくともぼくはそうだ。
 あの声。
 無口な人の声では絶対にない声。長年人と大きな声でやり取りしてはじめて獲得されたであろう声。
 それ以降読むたびにあの大きな声がした。あの声の持ち主が今読むこれを書いているのかとしばらく邪魔をするのだけどしまいに慣れた。慣れると同時に書かれたものの印象が変わった。湿っていると見えていたものが、突然乾いていたのだと分かった。さっぱりした。さっぱりしたら声は聞こえなくなった。しかしいつでも思い出せる。それはぼくの中では珍しいことだ。ぼくは死んだ人の声を何より最初に思い出せなくなる。
    ◇
 朝日新聞デジタルでは、いとうせいこうさんが聴く『ベトナム戦記』で6月に取り上げた場面とは違う朗読箇所を紹介します。聞き比べてみてください。

■聴いてみる「朝デジ 文豪の朗読」
 朝日新聞デジタルでは、本欄で取り上げた文豪が朗読する肉声の一部を編集して、ゆかりの画像と共に紹介しています。通常は「月刊朝日ソノラマ」誌の1960年代の音源を使っていますが、今回は日本近代文学館が所蔵・公開している音声を使用しました。朝日新聞デジタルの特集ページは次の通りです。
 http://www.asahi.com/culture/art/bungo-roudoku/
    −−「文豪の朗読 開高健ベトナム戦記」 山下澄人が聴く [文]山下澄人(作家・劇団主宰)」、『朝日新聞』2016年10月16日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2016102000002.html


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