覚え書:「書評:シベリア出兵 麻田雅文 著」、『東京新聞』2016年10月16日(日)付。

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シベリア出兵 麻田雅文 著

2016年10月16日
 
◆孤立する日本 残した禍根
[評者]長山靖生=思想史家
 シベリア出兵は多くの犠牲を出した対外戦争のひとつでありながら、日清戦争日露戦争ほどには、注目されてこなかった。出兵が一九一八年から七年間もの長期にわたったことを知らない日本人も、少なくないだろう。
 関心が低い理由はいろいろあるが、国境線が変わるような劇的な成果も損失もなかったのに加えて、ロシア革命やシベリアを支配する実効権力の変転、さらには第一次世界大戦中に始まったという背景の国際関係の複雑さがあり、実態を理解し難くしているのも一因かと思われる。本書は膨大な資料を駆使しながら、国際事情やロシア・日本の思惑の変転などを分かりやすく整理し、事件を俯瞰(ふかん)的に描き出した。
 当時の日本国内では、政治の実権が元老から政党内閣へと移行しつつあった。政党政治家や中堅官僚の力が強まる一方で、政府と軍部の力関係が微妙に変化していた。またロシア革命後のソヴィエトはドイツと単独講和し、連合国との間に齟齬(そご)を生じていた。列強諸国には社会主義国家に対する疑念が強かった。実際ロシア情勢は不安定で、一時はドイツと共闘するのではないかとの疑念も持たれていた。
 当初、シベリア出兵は英仏が日本とアメリカに要請したもので、元老の山県有朋や当時の内閣はむしろ慎重だった。その一方、シベリアに緩衝地帯を設けたいとの思惑もあった。それはロシアへの恐怖心に由来していたろう。
 だが、いったん派兵されると、なし崩しに兵力は増大、最大時はイルクーツクまで占領する。その後は派兵の根拠となる大義名分が崩れても、だらだらと占領・戦闘が続いた。世論も利権がらみの強硬意見を支持した。
 日本政府は、ソ連革命勢力の権力構造を読みきれず、また列強諸国の方針転換に機敏に対応できず、次第に国際社会で孤立していく。シベリア出兵の失敗を見詰めなかったことが、後の日本の運命に大きな禍根を残した。示唆に富む、考えさせられる一冊だ。
 (中公新書・929円)
<あさだ・まさふみ> 1980年生まれ。岩手大准教授。著書『中東鉄道経営史』など。
◆もう1冊 
 土井全二郎著『西伯利亞(シベリア)出兵物語』(潮書房光人社)。出兵に関わった男女九人の運命をたどりながら、忘れられた戦争の実相に迫る。
    −−「書評:シベリア出兵 麻田雅文 著」、『東京新聞』2016年10月16日(日)付。

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