覚え書:「耕論 それって不謹慎ですか 武田砂鉄さん、マッド・アマノさん、みのもんたさん」、『朝日新聞』2016年07月29日(金)付。

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耕論 それって不謹慎ですか 武田砂鉄さん、マッド・アマノさん、みのもんたさん
2016年7月29日

コラージュ・野口哲平

 「不謹慎だ」と批判され、その後の活動を自粛する例が後を絶たない。何でそこまで、という例もある。熊本地震では、被災を嘆いた芸能人が批判された。不謹慎って何なんだろう。

 ■安っぽい「正義」、進む迎合 武田砂鉄さん(ライター)

 熊本地震の直後、芸能人を標的とした「不謹慎狩り」がネットで横行しましたログイン前の続き。自宅が損壊したタレントの井上晴美さんがブログに「ただ普通に生活が出来るものがあればいいです」と苦境をつづると、「愚痴りたいのはお前だけじゃない」などと中傷を受けた。完全に言いがかりですが、本人は「これ以上のつらさは今はごめんなさい」と、しばらく更新をやめました。

 その少し前、不倫報道でベッキーさんらが猛烈にたたかれました。謝罪したものの、「そんなんじゃ謝ったうちに入らない」との反応もあった。そもそも、なぜ私たちは彼女に謝ってもらわなければならないのでしょう。相次ぐ不倫報道後の謝罪会見を比較し、採点する番組や記事をいくつも見かけました。再度のバッシングを誘発するかのようなやり口に閉口しました。

 自分の意見を発するために最も安易な方法が、ネットで「それは違うだろ」と吐き捨てることです。物陰から発する、レベル1の安っぽい「正義」です。こんなものに動じてはいけないはずですが、真っ先に大きなメディアが引っかかります。ネットの即物的な反応をパネルなどにして張り出し、さもそれが代表的意見であるかのように見せる。番組自体は意見を発さず、「こんな意見が出ています」と提示するだけ。こうして、レベル1の正義が普遍性を持ち始めるのです。

 今、何がしかのクレームを受けた企業が、すぐに「不快な思いをさせた」との文言で謝ります。そもそも何かを発すれば誰かは不快になります。それを怖がり、フワッとした理由を投げて鎮めようとする。そういう及び腰が安っぽい正義を勢いづけます。

 何を言っても書いても、その反応が可視化される時代です。例えばヤフーのリアルタイム検索画面では、その言葉でツイートした人がどのような感情で表現しているか、「感情の推移」と明記され、ニコニコマークと怒りマークのパーセンテージが示されています。ああ、みんな怒っているんだ、と確認してから怒る。他者の反応を確かめてから乗っかっていくのです。

 どちらの意見が多いのか、その判断の手助けとなる装置があちこちにあります。大多数であることを確認してから物申す。そうして積み上げられていく声に、発する側がおびえています。

 世間が凶暴化しています。メディアが急いで作り上げた世間に、メディアが屈しているとも言えます。堂々巡りです。そこでターゲットとなった人はどこまでも痛めつけられる。自分の意見を狭め、大多数が作る「正義」に迎合することを優先すればするほど、社会は均質化します。迎合するだけではなく、かき乱す意見も必要ではないでしょうか。

 (聞き手・村上研志)

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 たけださてつ 82年生まれ。出版社勤務を経て、初の著書「紋切型社会」が15年ドゥマゴ文学賞。近刊に「芸能人寛容論」。

 ■謝罪文化、理詰め不得意 マッド・アマノさん(パロディー作家)

 テレビでズバズバと歯切れよかったあの、みのもんたさんが、熊本地震をめぐるツイッターの記述で批判されるとすぐに謝っちゃった。まあ、みのさんも息子さんのことがあったりして苦労したから。でもそれだけじゃない。

 今はインターネットやSNSの発達で簡単に自分の考えを、しかも感情的に発信できるようになったからね。それも匿名で。僕がパロディー作家として注目されていたころは文句が来るのは、はがきだった。直筆で書くのはすごくエネルギーが要る。だから抗議も数が限られていたよ。

 日本には謝罪文化っていうのがある。企業が不祥事を起こすと、記者会見で幹部たちが雁首(がんくび)そろえて謝る、あれだよ。薬害事件で、突然、製薬会社の幹部数人が、一斉に額が床につくほど土下座した。これには本当に驚いた。

 謝らないことには、世間が収まらない。「まず謝っちゃおう」というパフォーマンス、儀式だね。これで人々は留飲を下げるわけだ。でも謝ったからといって自らの責任を認めたわけではない。こんな目くらまし、僕は納得いかないよ。

 こういう下地があるから「不謹慎だ」と批判されると、すぐ謝っちゃうんじゃないの。攻める方もおもしろがってやる。どちらも理詰めでは論争しない。これは日本人が最も不得意なんだ。

 アメリカに10年ほど家族と住んでいたことがある。謝罪会見なんて一切、見たことない。とにかく交通事故でも謝ったらだめ、と友人からよく言われた。

 オバマ米大統領は広島で謝罪すべきだったと思うよ。非戦闘員の市民がたくさん原爆の犠牲になったんだから。でも大統領は、絶対に謝罪しない。戦勝国の米国が罪を認めるわけにはいかないから。

 パロディーは、そもそも不謹慎だって? いや、パロディーは権力や権威に向けられるんだよ。そういう批判はどんどんしたらいい。小泉政権のとき、参院選挙の自民党のキャッチコピーが「この国を想(おも)い この国を創る」だった。早速、「あの米国を想い この属国を創る」とパロディーをつくったら自民党から抗議がきた。「正しく添削して差し上げた。謝る必要はない」と返事したら、その後はなしのつぶてだったよ。

 話題になった「保育園落ちた日本死ね」というコピーも実にうまい。ネットやSNSの時代になって権力の側は戦々恐々としているんじゃないの。でもね、これは両刃の剣。弱い者や少数者への攻撃の道具にもなっちゃう。それは絶対にだめだ。

 私ですか? 外では謝らないけどね、家では妻や息子にいつも謝っています。謝らないと収拾がつかなくなる。だから家庭の平和のためにね。

 (聞き手・桜井泉)

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 39年生まれ。雑誌「フォーカス」でパロディーを連載。著書に「マッド・アマノの『謝罪の品格』」。

 ■たたかれる基準、分からぬ みのもんたさん(キャスター)

 熊本の地震を受けて、ツイッターに「自衛隊きちんとしてほしいね」と書いたんです。そしたら「きちんとしろとは何事だ」と、大変なご批判をいただいた。炎上だね。僕が言いたかったのは、持てる力を存分に生かしてがんばってほしい、ということ。話し言葉ならニュアンスも伝わるんだろうけど、文字だとそうはいかなかった。そこは僕の不徳の致すところ。謝りました。でもね、自分のことはさておいて、他人には何でも「ふざけるな」という連中がいるんだな。情けない。

 僕はね、他局のお利口さんなキャスターじゃ言わないようなこともズバッと言ってきた。例えば、スキャンダルがうわさされる政治家が番組に来る。僕は「辞めるのか辞めないのか」なんて聞かない。「お辞めなさい」。これです。批判もされたけど喝采してくれる人もいましたよ。僕は十何年勤めた文化放送を辞めて、フリーになったけど売れなくてさ。実家の水道メーター屋で営業を10年やった。「みのは、俺たちと同じ苦しい境遇から出てきた」という信頼感が、皆さん方にあったのかもしれない。

 ところが、お小遣いも増えて銀座のクラブや赤坂のお座敷で飲んだりなんかしてると「みのの野郎、俺たちが行けない世界で飲んでやがる」と、こうくるんだな。立ち飲み屋で冷ややっこつまみに飲む酒も高級クラブの酒も、歌の文句じゃないけど、溶けて流れりゃみな同じだよ。でもさ風向きが変わったんだね。「よぅ、兄弟!」なんて言ってた人が「テレビで言いたいこと言って金もうけて、銀座でお姉ちゃんと飲んでやがる。不謹慎だ」と。おもしろいもんだね。でも、世間てものがよく分かったよ。

 3年ほど前、次男が窃盗容疑で逮捕された(起訴猶予)時もおんなじ。息子が事件起こしたのにテレビに出てるなんて不謹慎だ、謝罪しろ、責任取れ。消えろ、と。息子の事件と僕の仕事は違うだろ、と言ったんだ。でもね、突っ張れませんでした。番組に関わっている人たちに迷惑はかけられない。テレビ局の社長に「身を引きます」と伝えた。僕は「1週間で最も多く生番組に出演する司会者」としてギネス世界記録にも認定された男です。無念だったね。

 4月からインターネットの報道番組を始めました。若い連中も出演してるんだけど、最近の若者ってのはすごいね。酒もたばこもまだできないくせに一丁前のこと言う。頼もしいね。僕も自由にやってます。自由を通り越して奔放だね。「不謹慎だ」なんて、またクレームが来るかもしれないけど気にしない。だって、あれだけたたかれたけど、世間様が何が不謹慎で何が不謹慎でないと言うのか、今も分からないんだから。

 (聞き手・秋山惣一郎)

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 44年生まれ。元文化放送アナウンサー。4月、ネット番組「よるバズ!」(AbemaTV)で報道番組に復帰。
    −−「耕論 それって不謹慎ですか 武田砂鉄さん、マッド・アマノさん、みのもんたさん」、『朝日新聞』2016年07月29日(金)付。

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