覚え書:「文豪の朗読 遠藤周作「おバカさん」 江國香織が聴く [文]江國香織(作家)」、『朝日新聞』2016年10月23日(日)付。

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文豪の朗読
遠藤周作「おバカさん」 江國香織が聴く
[文]江國香織(作家)  [掲載]2016年10月23日

遠藤周作(1923〜96)=89年ごろ撮影


■奇妙な早口に「ほんっとう」の愛

 終戦から十数年後の東京に住む兄妹のところに、一人のフランス人がやってくる。馬のように顔の長い、おっとりした、人の好(よ)い青年で、ガストンという名前だ。もともとガストンのペンフレンドだった兄は最初から彼に好感を持つのだが、株が趣味(!)でリアリストで現代っ子の妹の目に、ガストンはいかにも頼りなく、弱々しく、情(なさけ)なく見える。古き良き昭和の、コメディタッチのファミリードラマ風に始まるこの小説は、でも途中からみるみる不穏なことになる。愚連隊、売春婦、謎の老人、犬さらい、殺し屋、といった人々が登場し、まさかのどんぱちがくりひろげられる。巻込(まきこ)まれるというより、半ば進んで社会の暗部に分け入り、ひたすら人を信じ、善を為(な)そうとするガストンとは何者なのか――というのが「おバカさん」のあらすじで、そこにはもちろん、作者の生涯のテーマだったキリスト教の思想がある。
 朗読されるのは、危険もかえりみずに殺し屋を追って山形に旅立つガストンと、最初のうち彼をばかにしていた、リアリストの妹との別れの場面だ。場所は上野駅
 驚くほどの早口で、奇妙な息のながさで、かなり聞きとりにくい棒読み。けれど小説と見較(みくら)べながら聞くと、あちこちで作者が文章を瞬時に(!)微調整しながら読んでいることがわかる。「改札口」という言葉が二度続けて出てくるところでは二度目を省いているし、「痛いほど胸をしめつけた」の前には「ふいに」が差しはさまれている。芝居のト書きっぽい部分(「くつの音、げたの音、くつの音、げたの音」)は思いきりよく割愛され、二度続く「バカじゃない」も、一度で十分と判断したのか、一度しか読まれない。きわめつけは「ほんとにすきでした」で、「ほんっとうにすきでした」と、わずかにだが確かに、力を込めて発音されている。
 聞き手には不親切だが、作品には愛のある朗読なのだった。
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 1960年代に発表された朝日新聞が所蔵する文豪たちの自作の朗読を識者が聴き、作品の魅力とともに読み解きます。

■聴いてみる「朝デジ 文豪の朗読」
 朝日新聞デジタルでは、本欄で取り上げた文豪が朗読する肉声の一部を編集して、ゆかりの画像と共に紹介しています。元になった「月刊朝日ソノラマ」は、朗読やニュースなどを収録したソノシート付きの雑誌です。録音にまつわるエピソードも紹介しています。朝日新聞デジタルの特集ページは次の通りです。
 http://www.asahi.com/culture/art/bungo−roudoku/
    −−「文豪の朗読 遠藤周作「おバカさん」 江國香織が聴く [文]江國香織(作家)」、『朝日新聞』2016年10月23日(日)付。

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http://book.asahi.com/reviews/column/2016102700001.html


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