覚え書:「耕論 夜行列車で行こう 寺本光照さん、阿部等さん、市川紗椰さん」、『朝日新聞』2016年08月03日(水)付。

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耕論 夜行列車で行こう 寺本光照さん、阿部等さん、市川紗椰さん
2016年8月3日

 夜、静かになった駅に滑り込んできた寝台列車に乗り込み、揺られながら眠りにつく。翌朝目覚めると別世界――。そんな夜行列車の廃止が続いている。どうしてなのか。復活はないのか。

 ■価格・ダイヤ次第で活路 寺本光照さん(鉄道作家)

 JRが発足した約30年前、寝台列車は1日100本近く走っていました。それが今年3月に上野と札幌を結ぶ寝台特急カシオペア」などが廃止され、定期運行の寝台列車は「サンライズ瀬戸・出雲」だけ。まさに風前の灯(ともしび)です。

 新幹線が延び、空港が各県に整備されて日帰り圏が拡大しました。安いホテルなら交通費を加えても、寝台車より安い。一方、夜間移動で宿泊代を浮かしたい利用者は格安の夜行バスに流れました。外部環境が衰退の主因ではあります。でも工夫次第では、ここまでの惨状にはなっていなかったはずです。

 寝台車は昼間は留め置くしかなく、リネンの交換や終夜運転によるコスト増など、座席車に比べ不利ではあります。しかし、惨状の最大の要因は、国鉄分割民営化の負の影響だと思います。

 分割民営化後、JR会社間をまたがる夜行列車は、通過距離に応じて収入を分配するようになりました。距離の短い会社は手間の割に実入りが少ない夜行列車に消極的です。JR発足後、寝台車両の新造はサンライズ用などわずか50両ほど。主役だったブルートレインの客車は昭和40年代の設備のまま、運賃と特急料金と1人最低6千円の寝台料金が課されていました。償却がとっくに終わったボロ車両で「硬直化した料金」のまま「時代にそぐわない居住性」を提供していては売れるはずがありません。

 JR各社は自社ダイヤを優先し、調整が面倒な夜行は邪魔者扱いされました。ブルートレインが終着駅直前で特急に抜かれるという、優等列車とは思えないダイヤもありました。

 寝台列車はバスに比べ「渋滞しない」「横になって寝られる」「事故が少ない」などの長所があります。特性に見合った価格で、新幹線や飛行機の最終便より遅く出て、始発より早く着くダイヤを組めば依然として競争力はあると思います。

 ただ、生き残れる路線は限定されます。夜間移動人口が多い首都圏と関西・中国圏を結ぶ路線や、青森と東京を結ぶ「あけぼの」や青森から大阪の「日本海」あたりの復活でしょうか。寝台料金は弾力化し繁閑に合わせきめ細かな価格設定を行い、早期割引などを導入すれば利用率は上がるはずです。

 大幅赤字で運行してほしいとは言いません。東京から北海道を結ぶカシオペアJR東日本のシンボルだったし、あけぼのは新幹線では補えないダイヤを代替していました。多少の採算割れは内部補助で賄いながら、多様な移動手段を、深夜から早朝までの様々な時間帯で国民に提供する公共性の観点から、寝台列車を存続・復活させて欲しいと思います。(聞き手・畑川剛毅)

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 てらもとみつてる 50年生まれ。元小学校教諭。列車の歴史に詳しい。共著も含め著書は30冊以上。近著に「さよなら急行列車」。

 ■いずれは寝台新幹線を 阿部等さん(交通コンサルティング会社ライトレール社長)

 人口が3千万人の首都圏と1500万人の関西圏を結ぶ夜行列車は現在「サンライズ瀬戸・出雲」のみで、東京―関西の利用者は1晩に数十人でしょう。格安の夜行バスはおそらくその何十倍にもなっています。鉄道への需要はもっとあり、ダイヤと車両と価格を工夫すれば、採算は取れるはずです。

 飛行機や新幹線の最終便より遅い21時以降に出発し、翌朝9時前に到着できるダイヤなら魅力的です。4時に起きて初便に乗る、またはそれでも間に合わない乗客にも歓迎されます。在来線の速度だと、大体1千キロ、東京から広島、山口県東部までなら競争力があります。

 かつてブルートレインに使われていた客車は、床下の発電用エンジン音や出発時の衝撃などが不評でした。サンライズと同じ電車型寝台車で乗り心地を改善します。多客期は高く閑散期は安くし、さらに飛行機の早割料金のように小まめに調整すれば売り上げを最大化できます。

 ただ、在来線では貨物列車や朝の列車と競合し、首都圏に朝7時半から9時ころに到着するダイヤは組めません。

 そこで、日本にある膨大で優秀な鉄道資産である新幹線の夜行利用を提案します。荒唐無稽な話ではありません。1972年の山陽新幹線岡山開業に合わせ、国鉄は試験車まで造って検討したことがあります。中国には既に寝台新幹線があります。

 ネックは、騒音問題と線路保守のために0時から6時は運行が禁止されていることで、その時間帯は最寄り駅に停車すればよいのです。東京を22時に出て米原で停車し、早朝に運転を再開すると、広島に8時前、博多に9時前に着きます。飛行機の最終便より遅く都心を離れ、初便とほぼ同じ時間帯に着けます。

 まずは現行の座席車を使えば、追加の費用は人件費と深夜の駅の電気代くらいです。座席で眠るのはつらいですが、春の大型連休、お盆や年末年始などの最繁忙期には相当の利用が見込めると思います。その成績を見ながら運行期間を広げ、ゆくゆくは通年運行を期待します。

 定着したら寝台車両を新造して豪華な個室、2段寝台、安価な3段寝台を用意します。広い車体幅を生かしてカプセルホテルのようにベッドを配置した3段寝台なら、1両に100床前後となり、座席車より定員を増やせます。私の試算で400回弱の運行で新造費を回収できます。

 理解が深まれば、線路保守をしない最繁忙期に限り、騒音が小さな時速90キロ程度の低速で終夜運転します。東京発22時で熊本着8時というさらに便利なダイヤが組めます。

 寝台新幹線は、移動時間を活用する効率的な交通システムとして魅力的です。(聞き手・畑川剛毅)

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 あべひとし 61年生まれ。88年JR東日本に入り05年から現職。鉄道の改善策を多数提言。著書に「満員電車がなくなる日」。

 ■わくわく感、女子旅向け 市川紗椰さん(モデル)

 夜行寝台列車、大好きです。長く乗れる、というのが単純に好きなんです。乗っていることのぜいたくさに浸れるという感じで。

 飛行機で行くのは確かに速いけど、夜行列車はホームに足を踏み入れた瞬間、乗る前から旅が始まる感じがする。あのわくわく感は飛行機では味わえないですよね。

 寝台列車でずっと起きている人もいますけど、私は100%寝るタイプです。移動しているのを体で感じながら寝るのが最高に幸せで。あんなに熟睡できる機会ってないですよね。

 夜だから車窓の景色は見えないけれど、時刻表と地図を見ながら「いま、この町だ」とかやっているのがとても楽しい。「町が寝てる」という感覚が味わえるのも好きですね。深夜の誰もいない名古屋駅とか、普通なら見られない光景も見られるし。

 これまで乗った寝台列車で一番印象的だったのは、もうなくなったけれど、トワイライトエクスプレス(大阪―札幌間)ですね。お客もスタッフも、トワイライトを愛している人たちばかりの22時間がすごく楽しくて。旅の時間を共有して、一瞬だけでも仲間になる感覚が味わえました。

 サンライズ瀬戸・出雲(東京―高松・出雲市)もいいですよね。東京から高松だと、出発時間が飛行機の最終便より遅くて、到着が最初の便より早い。本来の寝台列車の姿は効率の良さだと思うんで、すごく重宝してます。

 JR九州の「ななつ星」にも乗りましたけど、あれはクルーズトレインという言葉がぴったりで、夜行寝台列車とは別物ですよね。夜、仕事帰りにさっと乗れて、眠っている間に遠い目的地に着くっていうほうが、わくわく感があって楽しい。

 豪華なだけじゃなくて、いろいろな種類の寝台列車があっていいと思うんです。もちろん食堂車はあったほうがいいけれど、駅弁を予約しておいて、途中の駅で受け取って食べるのも好きだし。料金も、1泊していることを考えると、そんなに高くはないと思ってます。

 寝台列車はマニアしか乗らないみたいにいわれますけど、旅好きなら楽しめると思います。寝台列車好きの女子って、けっこういます。トワイライトエクスプレスは女性も多かったし、サンライズが女性に人気なのは有名ですよね。女性って、「お泊まり会」とか好きじゃないですか。みんなでいっしょに、移動しながら盛り上がれるというのは、女性受けするんじゃないかな。

 新幹線に一本化したほうが効率がいいのもわかるんですけど、夜行寝台もあっていいですよね。京都や金沢に朝着く寝台列車って、絶対に需要がありますよ。(聞き手・尾沢智史)

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 いちかわさや 87年、名古屋市生まれ。幼少期を米国で過ごす。今年4月からフジテレビ「ユアタイム」のMC。
    −−「耕論 夜行列車で行こう 寺本光照さん、阿部等さん、市川紗椰さん」、『朝日新聞』2016年08月03日(水)付。

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