覚え書:「にっぽんの負担 公平を求めて 支え手連携、医療費を抑制」、『朝日新聞』2016年08月15日(月)付。

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にっぽんの負担 公平を求めて 支え手連携、医療費を抑制
2016年8月15日


夕張市立診療所では、所長の医師、中村利仁さん(左)を中心に訪問診療に力を入れる
 
 北海道夕張市の中心部は、日中でも人影はほとんどない。かつて炭鉱で栄え12万人に迫った人口は今、9千人を下回っている。65歳以上が占める割合(高齢化率)は48%。全国トップクラスだ。急速な高齢化が進む日本の医療・介護の最前線がそこにあった。

 7月上旬の午後。市立診療所長の中村利仁さんは、車で笠嶋一さん(87)と甲子さん(79)夫婦が暮らす老人ホームに着いた。「お酒は毎晩ですが、毎朝、体操と散歩をしています」と一さん。「少し唇が乾いていませんか? 水を多めに飲んで下さい」。中村さんは会話を重ねて暮らしぶりも聞き取る。体調の変化を見逃さないためだ。

 ホーム施設長の宮前純夫さんは「夕張ですぐ診てもらえる病院が限られるようになったいま、訪問診療はありがたい」と話す。患者の家を訪ねる看護師らは、介護する家族の相談相手にもなっている。「地域や家族と協力し、高齢者が自宅で過ごせる時間を長くしたい」と中村さんは話す。

 夕張市財政破綻(はたん)した2007年、病床171床の市立総合病院がなくなった。わずか19床の診療所と、40床の介護老人保健施設へと縮小された。破綻前の病院には長期入院者が多く、「『安心』のためだけに薬を処方することもあった」(診療所関係者)。

 地域医療の崩壊にどう向き合うか。診療所は、患者の抱える問題を総合的に診る「プライマリーケア」という考え方を採り入れ、在宅医療と予防医療の徹底に転換した。高齢者の多い市民の暮らしを支えるために、毎日の会議で、医師や看護師、ケアマネジャーなどが綿密に情報交換するようになった。

 例えば、歯科と介護の連携。高齢者は口の細菌が気道に入って肺炎になるケースが多い。このため、肺炎球菌ワクチンの接種と歯の手入れを同時に進めた。診療所の歯科医、八田政浩さんの調査では、この予防措置をとった特別養護老人ホームは肺炎の発症が大幅に少なかった。肺炎になると入院して寝たきりになることもある。医療費の「節約」効果は大きい。

 14年度の夕張市後期高齢者1人あたりの医療費は約102万円。北海道平均(約109万円)を下回る。高度医療は提供できなくなった半面、八田さんは「病院でただ生かされるのではなく、おいしいものを最後まで元気に食べられるよう助け、生活の質を上げたい」と話す。

 ■生活安定、予防に効果

 医療や福祉といった「支え手」が連携し、予防を含めて地域住民の健康を守る。医療費の抑制にもつなげる――。夕張が目指す考えは、他の先進国でも地域医療の「解」の一つだ。

 医療費が先進国で最も高い米国。のべ1億1千万人超の高齢者や貧困層が公的医療保障でカバーされ、財政の重しになっている。コスト抑制が全米的な課題に浮上する中、幅広い福祉関係者の連携を医療費削減に結びつけたのが中西部ミネソタ州ヘネピン郡だ。

 「連携の背中を押したのはやはりお金の問題です」。郡幹部のジェニファー・デュカベリスさんは語る。貧困層にはプライマリーケアを受けるゆとりがなく、心身の不調を複数抱える人が多かった。悪化すれば救急車で救急治療室に駆け込み、入院せざるを得ない。変調をきたす前、病院の「外」で患者をすくい上げるのが基本戦略だ。

 以前はこんな悪循環がはびこった。夜間に歯痛で緊急治療室に→医師は依存性のある鎮痛剤を出し、歯科での受診を指示→患者の薬物依存症が悪化、歯科も受診せず→再び緊急治療室に――。郡や医療機関が早い段階で連携してこうした患者を支え、コストを引き下げた分を様々な医療・福祉事業に投資するのだ。

 特に力を入れるのが住宅政策や薬物対策だ。住まいを提供した路上生活者を調べると、緊急治療室の利用や医療費が半分以下に減っていた。ヘネピン郡病院のソーシャルワーカー、ジョン・アダムスさんは「何でも相談してくれる信頼関係を築き、生活の安定を最後まで支える」と話す。

 郡の中心ミネアポリス市内の「依存症患者治療センター」は、飲酒や薬物依存の人たちが短期間滞在するケア施設だ。薬物依存に悩むショーン・マッキーさん(19)は「家探しも助けてくれ、ありがたい」。

 高齢者向け医療でも、支え手の連携がコスト抑制の「切り札」とされている。米医療保険制度改革オバマケア)の柱の一つだ。

 ■地元の反発が障害に

 病院はますます、地域の連携を進める中心的役割が期待されるようになった。だが、そう簡単ではない。

 北海道松前町は、北前船交易で栄えた城下町だが、過疎化が著しい。この夏、町立松前病院の院長、木村真司さん(51)が辞職して町を去った。

 木村さんは過疎地の「プライマリーケア」専門家。2005年の着任後、心身の不調を幅広く診る「全科診療医」をそろえ、若手医師を集めて教育する体制もつくった。赤字だった病院は08年度から黒字化した。

 最近は、病院の独立行政法人化を目指した。町や町議会の制約から離れ、人事や予算を弾力的に決めて、医療や介護、リハビリなどを連携させた在宅でのサービスを強化するのが狙いだった。いわば「夕張モデル」も取り込みつつ、病院としても生き残る戦略だ。

 だが、病院職員が公務員でなくなることなどを理由に町議会が反発。伊藤幸司議長は「公務員の身分がなければ職員が集まらない。赤字でもないのに無理しなくていい」と話す。町も「職員や議会の理解を得るには丁寧な説明が必要だ」(石山英雄町長)と、町議会に歩調を合わせた。

 「町の将来のためにやってきたが、理解されなかった」と木村さん。若手医師も辞職を決め、7人だった常勤医は4人に減る。24時間体制の救急など、これまで通りの医療は維持できない。

 一部の住民は議会の責任を問題視。前議長のリコール運動に乗り出した。住民団体の代表で歯科医の樋口幸男さん(58)は「病院が立ちゆかなくなれば町に住めなくなる人も出てくる。住民も、町の医療の行く末を『自分事』として考えてほしい」と話す。

 ■<解説>病院外の支援が重要

 年を取れば様々な病気とつきあっていかざるをえない。高齢化に伴い、病院で「治す」医療の限界がみえてきた。財源も限られるなか、地域社会がどう支え合うのか、住民一人ひとりの死生観や、地方自治の根っこにかかわる問いだ。

 プライマリーケアの充実や医療・福祉・介護の連携は、今後、急速に高齢化する都市部でも「解」になりえる。病院の外で支援の輪を広げれば、家族の負担も減り、住み慣れた家で最期を迎えやすくなる。ただ、実現への道のりは険しい。

 医療は専門性が高く、患者は自らの心身のことなのに医師に依存しがちだ。それがコスト意識のない医療につながってきた面もある。独法化が頓挫した松前病院をこの秋に退職すると決めた医師、青木信也さん(36)は「住民はただ薬を出してくれる医師がいればいいのだろうか、と意識のズレも感じた」と話す。

 国も「地域包括ケア」をうたい文句に在宅医療を進めようとしているが、「押しつけ」や「お任せ」では立ち行かない。夕張市立診療所の元所長、森田洋之さんは「与えられる医療に慣れた意識を変え、一人ひとりがどう生き、どんな最期を迎えたいかよく考えてみてほしい」と話す。(青山直篤)

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