覚え書:「科学の扉 ひので、太陽観測10年 天体ショー捉え、謎解明に貢献」、『朝日新聞』2016年08月14日(日)付。
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科学の扉 ひので、太陽観測10年 天体ショー捉え、謎解明に貢献
2016年8月14日
ひので、太陽観測10年<グラフィック・甲斐規裕>
日本が中心となって運用している太陽観測衛星「SOLAR―B(ひので)」が9月、打ち上げから10年を迎える。身近ながら謎の多い太陽を高性能の望遠鏡で見つめ続け、天体ショーの美しい姿だけでなく、新発見をもたらしている。
ひのでは2006年9月23日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)内之浦宇宙空間観測所(鹿児島県肝付町)から打ち上げられた。1981年打ち上げの「ひのとり」、91年の「ようこう」に続く3代目の太陽観測衛星。地上680キロメートルの高さに位置し、地球の昼と夜の境目の軌道を周回しており、ほとんど常時観測できる。
地上からも見える太陽を、はるか上空で観測する理由はなぜか。JAXA宇宙科学研究所の清水敏文プロジェクトマネージャは「地上では大気の揺らぎの影響が避けられない。太陽の細かな構造を知るためです」と説明する。
ひのでは3種類の望遠鏡を搭載している。このうち、中心にある可視光を観測する口径50センチの望遠鏡は主に日本が開発を担った。X線や紫外線をとらえる望遠鏡は米国や英国との共同開発。運用に欧州宇宙機関も関わっており、世界の主要機関が協力するプロジェクトだ。清水さんは「日本の科学が世界の太陽観測に貢献している」と胸を張る。
ひのでの計画上の運用期間は3年だったが、今も状態は良い。日陰にほとんど入らず太陽の熱を受け続けるが、鏡を斜めに置くなど熱を逃がす設計の工夫で乗り切っている。
ひのでの功績の一つが、様々な天体ショーにおける鮮明な画像だ。11年1月には月が太陽面に入りリング状に見える金環日食を撮影。12年6月には金星が太陽面を通過する姿をとらえた。円く黒い金星の左上に、金星の大気で散乱した太陽光が弧を描く様子がわかる。清水さんは「地球を含めた惑星が、太陽活動のもとに存在していることを感じられる」と話す。
■裏付け映像を撮影
太陽の謎の解明にも貢献している。その一つが「コロナ加熱問題」だ。コロナは太陽の上空にあるガスの層。皆既日食の時、隠れた太陽の周囲にもやのような光として見ることができる。
太陽表面の温度は6千度ぐらいなのに対し、コロナの温度は100万度以上と、けた違いに高い。コロナの加熱メカニズムはどうなっているのか。さまざまな仮説が提唱されてきたが、裏付けるデータはなかなか得られなかった。
ひのでが07年に撮影したコロナの詳細な映像では、磁力線が上下に波のように振動する様子が確かめられた。太陽の表面から出る磁力線が波としてコロナに伝わり、そこで波の運動エネルギーが熱エネルギーに変わるという「波動加熱説」を裏付ける観測的証拠として、世界的に注目を集めた。15年には、スーパーコンピューターによる解析で、そのメカニズムが確かめられた。
清水さんは「非常にわずかな揺れなので、地上からは観測できず、高性能のひのでだからこそとらえることができた」と話す。
さらにコロナの加熱をめぐり、彩層という領域についても大きな成果をあげている。
コロナと太陽表面の間にある彩層は温度が1万度程度。コロナと比べて活動的ではなく、大した役割はない領域と考えられていた。だが、ひのでによって、彩層から磁力線がジェットのように伸びる様子が観測された。コロナにエネルギー源を送るダイナミックな領域として観測が続けられている。
■まだ不明な点多く
太陽の謎はまだ多い。その一つが太陽表面にある黒点をめぐるものだ。黒点は周りより温度が2千度ぐらい低い場所で、現れたり消えたりする。局所的な強い磁場が生まれ、磁力線の束が熱を防ぐため低温になるとみられている。だが、強い磁場が発生する仕組みは解明されていない。
黒点の周辺では、フレアという大規模な爆発が起こりやすい。フレアが発生すると電気を帯びた粒子が放出される。この粒子が地球に届くと、電子機器や送電網に影響を及ぼすこともある。対策をとるには黒点がもたらす複雑な現象に関する調査が必要だ。
また、太陽の活動は11年ごとに強くなったり弱くなったりする周期を繰り返しているが、これも原因が明らかではない。活動が周期性を外れて低調だった時代には地球が寒冷化したこともあり、気候変動との関連も重要なテーマだ。活動周期に伴う磁場の変化をとらえることが新たな発見につながるという。清水さんは「太陽の極の磁場が反転する25年ごろまで観測を続けたい」と期待を込める。
JAXAや国立天文台には、後継機を打ち上げる将来構想もある。望遠鏡の性能を上げ、より立体的に磁場の様子をとらえられる「SOLAR―C」という衛星だが、打ち上げ時期や設計などの具体的な計画はまだ決まっていない。世界に目を向けると、米国は太陽に可能な限り接近する探査計画を進めている。ひのでの運用による国際協力が続く一方、競争も過熱している。
(野中良祐)
<長い観測の歴史> 頭上で光り輝く太陽はもっとも近くにある恒星として、観測の歴史は長い。望遠鏡を使った科学的な観測は17世紀初めのガリレオ以来、400年以上に及ぶ。黒点の存在は当時から確認されている。
国立天文台によると、日本の太陽観測は明治時代の1888年に始まり、赤道儀という望遠鏡を使ったスケッチ観測は1998年まで続けられた。21年に建てられた赤道儀を設置するドーム形の施設は、東京都三鷹市にある同天文台の最古の建造物として、2002年に国の登録有形文化財に指定されている。
◇来週の「科学の扉」面は休みます。次回は28日で、「錯視の科学」の予定です。ご意見、ご要望はkagaku@asahi.comメールするへ。
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http://www.asahi.com/articles/DA3S12511258.html