覚え書:「笑いにのせて:3 「戦争いやだ」心にしみた 服飾評論家・ピーコさん」、『朝日新聞』2016年08月18日(木)付。

Resize4169

        • -

笑いにのせて:3 「戦争いやだ」心にしみた 服飾評論家・ピーコさん
2016年8月18日


ピーコさん=山本和生撮影
 7月に亡くなった永六輔さんは、声高に言わないけど、立場の弱い人たちの側に立ってものをしゃべったり、見たりすることが大事だといつも語っていました。「沖縄からは東京が見えるけど、東京からは沖縄が見えないんだよ」って。

 沖縄の現状って、今も東京にいる人たちにはわかっていない。基地移転問題も、沖縄の民意はノーなのに、国は目を向けないわけでしょ?

 知り合ったのは40年前。シャンソン歌手の石井好子さんの紹介でした。トークショーのお仕事で私とおすぎ、永さんが年に3、4回、沖縄に通うようになって。ひめゆりの塔などの戦跡も一緒に回るようになったの。国内最大の地上戦があった場所でどんなことがあったのか。話し続けてくれました。私やおすぎにとって「師匠」。永さんがいなかったら、戦争がどんなものかも知らずに生きてきたと思うんです。

 ■目撃した人の力強さ

 大橋巨泉さんの週刊現代の連載「今週の遺言」もずっと読んでいました。2001年の参院選で当選したのに、半年でお辞めになった。自分が思う国や平和のかたち、戦争はダメだとか憲法9条を守るとかいうことを言っていきたいのに、1年生議員は国会で質問もさせてもらえない。とても失望したと言ってましたね。晩年は「安倍政権は危険だ」とはっきり書いてらしたし。きっと歯がゆかったんだと思います。

 戦争を目撃した人たちの話は力強い。私は1945年1月の生まれで、赤ん坊だったから何も見ていない。だから、空襲で焼け死んだ人たちの死体がずっとあって……と話す人が目の前にいるとその凄(すご)さに驚いたし、伝えてくれる人がもっといなきゃいけないんだと思ったんです。

 永さんは元々放送作家、巨泉さんも元ジャズ評論家で多趣味だったから、言葉や表現が上手で知識がすごい。一つの言葉から広がって色んな話につながっていく。

 だから、「戦争はいやだ」っていう話も、永さんや巨泉さんの口から出るとみんな聞いてくれる。昨年亡くなった野坂昭如さんと永さんのトークショーでも、やっぱり心にしみる言葉を話してらしたし。大きな財産を失っちゃったんだなと思う。私なんか、その人たちについて行っていればよかったわけですから。

 ■伝わらぬふがいなさ

 NHKの追悼番組に出て、「永さんは戦争が嫌だって思っている。戦争はしちゃいけないと。世の中がそっちのほうに向かっているので、それを言いたいんでしょうね」と言ったら、そこがばっさり抜かれていた。放送を見て力が抜けちゃって……。永さんが言いたいことを伝えられないふがいなさがありますね。付き合い始めのころ、こう言われたの。「ピーコとおすぎは炭鉱のカナリアになりなさい」って。

 私に力があるかわからないけど、しゃべり続けていけばいいと思う。永さんが言ってくれたように、笑いながら怒ったりしていればいいの。

 (聞き手・小峰健二)

    *

 1945年、横浜市生まれ。75年、双子の弟で映画評論家のおすぎさんと「おすぎとピーコ」でタレントとしてデビュー。
    −−「笑いにのせて:3 「戦争いやだ」心にしみた 服飾評論家・ピーコさん」、『朝日新聞』2016年08月18日(木)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S12516723.html





Resize4081

Resize3300