覚え書:「共生への挑戦、沈黙する政治 障害者施設殺傷事件1カ月」、『朝日新聞』2016年08月24日(水)付。

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共生への挑戦、沈黙する政治 障害者施設殺傷事件1カ月
2016年8月24日

 相模原市の障害者施設で19人が死亡、27人がけがをした殺傷事件からまもなく1カ月を迎える。容疑者の元職員は「障害者は不幸を作ることしかできません」と差別意識を助長する手紙で、衆院議長や首相に向けて犯行を予告していた。事件が突きつけた共生社会の揺らぎに政治の指導者は沈黙している。

 「容疑者の『障害者がいなければいい』という優生思想に私たちの社会が向かわないか危惧します」

 今月2日、事件を受けて民進党が国会内に障害者団体を集めた会合。団体の代表者は国会議員を前に危機感を訴えた。

 だがその翌日、事件発生後初めてとなる、内閣改造を受けた安倍晋三首相の記者会見では、相模原の事件に触れることはなかった。

 与党幹部は言う。「早速、関係閣僚会議を開いただろ?」。確かに発生2日後、首相は官邸に関係閣僚を集め、「何の罪もない多くの方々が命を奪われました。決してあってはならない事件であり、断じて許すことはできません」「再発防止、安全確保に全力を尽くす」と語っている。

 官邸関係者によると、首相のメッセージには障害者を標的にすることへの非難や共生社会の推進を訴えることも検討したが、「容疑者の身勝手な考え方を取り上げ、独り歩きする方がよくない」「障害者との共生を否定する人はほとんどいない」と判断し、大量殺人という行為への非難に絞ることにしたという。

 しかし、容疑者が2月に大島理森衆院議長宛てに届け、「是非、安倍晋三様のお耳に伝えて頂ければ」とつづっていた犯行予告は、いわば日本社会への挑戦状だ。障害者差別解消法をつくり、「人格と個性を尊重し合いながら共生する社会」を目指してきた政治の言葉が届いていなかった現実に、多くの政治家が向き合うことを避けている。主要政党で談話を出したのは民進党だけだ。

 アメリカでは6月、性的少数者(LGBT)を狙った銃乱射事件が起きた際、オバマ大統領が事件現場を訪問。「性的指向による憎悪は米国の良心への裏切りだ」「性的少数者への差別と暴力に終止符を打たねばならない」と演説した。

 麻生太郎副総理が事件当日の閣議後記者会見で「各閣僚から一つずつコメントをとるというような話にのるわけにはいかない」と語ったのとは対照的だ。

 与党内にも、措置入院の見直しなどが先行する政府の動きに「共生社会の理念が置き去りにされ、隔離すればいいという話にならないか心配だ」(公明党幹部)と懸念する声はある。

 尾上浩二・障害者インターナショナル日本会議副議長は言う。「優生思想を受け入れる素地を変えないと本当の意味での再発防止にならない。政治の沈黙は容認と受け取られる。『殺されていい命はない』。このことを社会全体で共有していく先頭に、政府や国会は立って欲しい」(南彰)

 ■多様性、社会の力

 渡辺靖・慶応大教授(文化人類学)の話 アメリカでは「多様性こそが力」と考え、歴代大統領は差別犯罪の悲劇が起きると、現地へ出向いて声明を読み上げる。世論が一方に傾かないように「犯罪への厳しい対処」と「共生社会」の二つの軸で国民にメッセージで伝えるためだ。

 今回事件が起きた施設が目立たない山里にあることに象徴されるように、日本社会はまだ、障害者らを遠ざける発想になりがちだ。だが、東京オリンピックパラリンピックを控え、障害者や人種、女性など、あらゆる人権の観点で日本社会に世界から厳しい目が注がれる可能性がある。

 多様性こそ社会の力だ。単なる犯罪対策強化だけでなく、多様性を認め合う共生社会へと引っ張っていく言葉と率先力が、日本の政治指導者にも求められる。
    −−「共生への挑戦、沈黙する政治 障害者施設殺傷事件1カ月」、『朝日新聞』2016年08月24日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12525301.html


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