覚え書:「戦後の原点 突然の帝国解体、旧植民地と未清算の一因 テッサ・モーリス=スズキさん」、『朝日新聞』2016年08月27日(土)付。

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戦後の原点 突然の帝国解体、旧植民地と未清算の一因 テッサ・モーリス=スズキさん
2016年8月27日


テッサ・モーリス=スズキさん  
■戦後の原点

 日本の敗戦は、朝鮮半島や台湾など広大な地域の人々を支配した「帝国」の終わりも意味した。その崩壊のありようは、今も日本の周辺国との関係に影を落としている。日本近代史研究者のオーストラリア国立大教授テッサ・モーリス=スズキさんはそう指摘する。

 ――多くの日本人にとって、帝国が解体したという歴史意識は薄いのでは。

 「日本は戦争に敗北した瞬間、それまでに得た支配地域を手放さなければならなくなりました。しかも、それは突然でした。大英帝国の場合、アジアやアフリカで独立運動も起き、植民地支配の終わりは少なくとも数十年をかけて進行するプロセスでした」

 ――支配した国が、植民地を清算する困難の過程を体験したわけですね。

 「日本は対照的です。敗戦と同時に突然帝国が終わったことは、旧植民地との間に今日まで未清算の問題が残る一因になりました」

 「日本では悲惨な敗戦体験もあり、責任意識より被害者意識のほうが支配的になりました。市民レベルでの旧植民地とのつながりが突然断ち切られたことも、双方の歴史認識の隔たりを広げた。日本政府は清算に積極的に取り組まなかったが、冷戦構造にすぐ組み込まれたせいで台湾や韓国の人々が日本を強く批判できなくなった事情もある」

 ――そもそも大英帝国と、支配の仕方にどんな違いがあったのでしょう。

 「大日本帝国は、明治以降に台湾や朝鮮、南洋諸島、中国大陸などに勢力を広げていった。少しずつ近隣地域に拡大した帝国で、大英帝国が遠く世界に広がったのとは対照的でした」

 「支配の仕方で見ると、大英帝国の場合は人種差別に根ざしていました。被支配者は『肌の色の違う人』だから同等の権利を与える必要はない、と考えた」

 「日本の場合、支配する相手との近さが、支配者と被支配者の関係を複雑にしました。見た目が大きくは違わず、文化や歴史をある程度共有する人々への支配だったからです」

 ――日本の支配はどう正当化されていたのですか。

 「特徴は時間に着目したことです。進歩という概念を採り入れ、自らを文明化した民族、他者を文明化していない民族とみなし、上下関係を正当化させた」

 「朝鮮の人々は日本国民にされましたが、同じ国民でも内地の日本人との間では市民的な権利や地位に差がつけられ、日常の差別も横行していた。二等国民扱いです。他民族を同化させつつ差別する。そんな矛盾をはらむ支配でした」

 ――なぜ、帝国と植民地支配の歴史の研究を続けているのですか。

 「今を知るためです。大英帝国が中東を支配した歴史を知らなければ、今なぜ中東地域が不安定なのかは理解できません。同じように大日本帝国の実態を見なければ、南北朝鮮や中国・台湾の問題も分からない」

 「帝国日本では、朝鮮出身の人々を見下す言葉が使われ、日本国家への忠誠心に疑問があるとして集団ごと排除する傾向も見られた。今の日本社会のヘイトスピーチの問題などを見ていると、あの当時と変わらないと思います。心の中の植民地主義です。こうした差別の構造はどこかで意識的に克服しない限り、後の世代に引き継がれます」

 (聞き手=編集委員塩倉裕

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 テッサ・モーリス=スズキ 歴史学者 1951年、英国生まれ。近代日本と周辺地域の関係を見つめた歴史研究で知られる。著書「北朝鮮へのエクソダス」など。

 ■排外主義に歴史の影

 帝国の解体の仕方が日本人の歴史意識を今も規定している、というモーリス=スズキさんの指摘は、現在の問題に重い意味を持つ。

 今年7月の東京都知事選では、「排外主義」と呼ばれる激しい言葉を在日韓国・朝鮮人に浴びせる候補が11万票を得た。「在日特権を許さない市民の会」の前会長・桜井誠氏だ。日本から出て行け、と排斥をあおる街頭演説は、ネット動画でも繰り返し再生された。

 社会学者の樋口直人・徳島大学准教授は「西欧では移民や難民など最近移ってきた人々が排斥されるが、日本で最近台頭してきた排外主義では、100年前から同じコミュニティーで暮らしてきた人が対象になるのが特徴だ」と分析する。

 戦前、日本は朝鮮半島同化政策を進め、戦争遂行のための動員もした。敗戦後は、国籍選択の機会を与えぬまま同地出身者から日本国籍を奪った形だ。「元国民」とどう共生するかの課題は今に残されている。

 「直視したくない歴史を体現しているからこそ、在日の人々が排斥対象にされる」と樋口さんは話す。

 歴史をめぐる首相談話も変容した。韓国併合100年にあたる2010年の菅直人首相談話は「36年に及ぶ植民地支配」と明記し、反省と謝罪を述べた。戦後70年の安倍談話は、「植民地支配」を批判しながらもだれがどこで支配を行ったのかは明示しなかった。

 日韓国交正常化50年を機に昨年5〜6月、朝日新聞と韓国東亜日報が行った世論調査では、歴史問題が決着したかとの問いに「決着した」とした人の割合は日本は49%、韓国では2%だった。植民地支配が終わって71年、意識の溝は深い。

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 「戦後の原点」は現代日本の成り立ちをたどる企画です。28日は特集「帝国の解体」を掲載します。

 ◆キーワード

 <日本と植民地支配> 戦前の大日本帝国は軍事力を背景に領土や勢力圏を拡張。1895年に台湾、1910年には朝鮮半島を領土に組み入れた。第1次大戦(14〜18年)を機に南洋諸島を獲得。中国大陸では傀儡(かいらい)国家・満州国(32年〜)を樹立した。だが45年にポツダム宣言を受諾して敗戦。宣言は日本の主権範囲を本州と北海道、九州、四国などに限定しており、アジア・太平洋に広がった帝国は解体された。
    −−「戦後の原点 突然の帝国解体、旧植民地と未清算の一因 テッサ・モーリス=スズキさん」、『朝日新聞』2016年08月27日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12530228.html





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