覚え書:「書評:最後の「天朝」(上)(下)毛沢東・金日成時代の中国と北朝鮮 沈志華 著」、『東京新聞』2016年11月27日(日)付。

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最後の「天朝」(上)(下)毛沢東金日成時代の中国と北朝鮮 沈志華 著

2016年11月27日
 
◆複雑な国家関係ひもとく
[評者]羽根次郎=明治大専任講師
 中国の歴史学において朝鮮戦争研究は近年、注目度の高い研究分野の一つだ。中華人民共和国建国当初は不安定だった中国共産党の威信が、朝鮮戦争への対応として出現した義勇軍派兵などの動員政治を通じて飛躍的に高まったことは日本でもよく知られている。日本では経済復興との関係で語られる朝鮮戦争は、中国では革命国家建設において語られることが多い。
 国家建設の出発点として美化された朝鮮戦争は、その後の「中朝蜜月関係」がもたらした特権性のなかで神話化されてきた、と本書は批判する。上下巻からなるこの大著では、朝鮮戦争イデオロギー色の強い「物語」から客観的な歴史記述に書き換えるべきだと主張されている。中国共産党朝鮮労働党の関係の複雑さや、中ソ対立の下での毛沢東金日成の複雑な友好関係などを、本書は膨大な資料とともに論じており、圧巻というほかない。
 ただ、中朝関係の記述が、「国益」の実現を国家の最大目的とする国際関係論によくあるパワーポリティクスを前提としているように読めるのが気になる。「チュチェ思想」の提唱や国境画定などの議論でも、中国共産党の「妥協」が強調されている。しかし、当時の中国で構想されていた国際共産主義第三世界論などを踏まえた場合、「国益」の視点は、ナショナリズムの枠を超越した中朝関係のありようを等閑視(とうかんし)させることにもなりかねない。
 現代の中国は階級政治に別れを告げた。中産階級が分厚くなり、消費文化が繁栄する中、朝鮮戦争の語りも階級からナショナルなものに変じつつある。あらゆる国家を価値対等とする近代国家観の下では、朝鮮戦争や中朝関係も、普通の戦争、普通の国家関係なのだ。ようやく歴史になったのだ、とも言えるのだが、経済格差の拡大(階級政治の消失)という現実を思うと、中国の「いま」が反映されているこの大著の意義はいろいろと重く、なんとも複雑なものとなるのである。
(朱建栄訳、岩波書店・各6264円)
 <しん・しか> 1950年生まれ。中国華東師範大終身教授・周辺国家研究院院長。
◆もう1冊 
 和田春樹著『北朝鮮現代史』(岩波新書)。旧満州での抗日闘争から建国、朝鮮戦争金日成の跡を継いだ金正日の死までを描く通史。
    −−「書評:最後の「天朝」(上)(下)毛沢東金日成時代の中国と北朝鮮 沈志華 著」、『東京新聞』2016年11月27日(日)付。

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