覚え書:「耕論 刑務所は変わったか 田鎖麻衣子さん、五十嵐弘志さん、山本譲司さん」、『朝日新聞』2016年09月03日(土)付。

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耕論 刑務所は変わったか 田鎖麻衣子さん、五十嵐弘志さん、山本譲司さん
2016年9月3日


刑務所改革の流れ/刑務所改革のポイント<グラフィック・野口哲平>
 
 明治以来の刑務所のルールを改めた刑事施設・受刑者処遇法が施行されて10年になる。受刑者に対する職員の暴行事件をきっかけとする刑務所改革を経て、いま塀の中は――。

 ■職員の数・スキル、足りぬ 田鎖麻衣子さん(NPO法人監獄人権センター事務局長)

 刑務官の暴行で受刑者が死傷した名古屋刑務所事件が発覚した2002年以降も、受刑者への暴行がいくつか発覚しましたが、露骨な暴行事案は近年、見受けられなくなりつつあります。

 ただし、受刑者の処遇改善という視点からみるとどうでしょう。一人ひとりの受刑者の特性に配慮した更生プログラムを実施する刑務所がある一方で、いまだに厳格な規律・秩序の維持を最優先とし、旧監獄法時代と同様に入浴、トイレ、行進の仕方に至るまで事細かに受刑者を縛っている施設もあり、よくも悪くも刑務所は多様化しています。

 改革の目玉だった「刑事施設視察委員会」もそうです。弁護士と医師を含む形で各施設に設置され、施設を視察し、運営について施設長に意見することになっています。面会、手紙などの外部交通のしくみの改善や、受刑者らの死亡事案の検証を求めるなど積極的に活動する委員会がある一方で、全く意見を述べない委員会も例年いくつかあります。

 従来、原則禁じられていた親族以外との外部交通を認めることも、刑務所改革の成果でした。外部交通が受刑者の更生や社会復帰に役立つとの趣旨でしたが、しばらくするといったんは認められた友人・知人との手紙のやりとりが不許可になるケースが全国的に広がりました。処遇する上で有害な情報を遮断したい意図はわかりますが、立ち直りを支援する人々との交流まで制限するのは本末転倒です。

 施設内の医療は、深刻な事態が続いています。医療の必要性より保安上の要請が優先されがちで、受刑者が不調を訴えても診察を受けることができず、ときには重大な病気の兆候が見落とされ死亡するケースもあります。刑務所の医療は、厚生労働省の管轄下に移すべきです。

 更生のための施設として決定的に足りないのは職員の数とスキルです。欧州の主要国では職員1人当たりの被収容者数が2人以下なのに対し、日本では3人以上です。少ない職員で多くの受刑者を処遇するため、受刑者のニーズより規律を重視した運営にならざるを得ません。心理学や教育学など専門的素養のある職員の割合は低いままです。

 国が12年に策定した「再犯防止に向けた総合対策」では、21年までに刑務所出所者の2年以内再入所率を2割減らす目標を立て、実際再入所率が減っています。ただし現在の取り組みは、刑務所に初めて入ったなど処遇が比較的容易な人々が主な対象です。

 犯罪傾向が進んでいる人こそ、積極的なかかわりを必要としています。そのためには職員の増員と質の向上が欠かせません。社会全体で、受刑者の処遇の重要性を理解する必要があると感じています。

 (聞き手・山口栄二)

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 たぐさりまいこ 68年生まれ。弁護士。一橋大学特任講師(刑事法)。共著に「刑務所のいま」など。

 ■民間協力者にも支援を 五十嵐弘志さん(NPO法人マザーハウス理事長)

 3回にわたり計約20年間刑務所に入りました。3度目の途中で監獄法が廃止され、代わって受刑者処遇法が施行されました。私にとって一番大きかった変化は、親族以外と手紙のやり取りができるようになったことでした。

 神父や牧師、修道女、犯罪被害者の家族と文通できるようになりました。自分のような人間のために貴重な時間をさいて手紙を書いてくれる人たちと出会って、「自分は大切にされている。愛されている」と実感しました。それまでは親族からも一度も手紙をもらったことがなかったので、本当に感激したのです。

 ほめるわけではありませんが、その点ヤクザはたいしたものです。彼らは仲間の受刑者にせっせと手紙を書いてきます。受刑者たちの間で、一番手紙をもらっているのはヤクザではないでしょうか。外の社会との絆を持ち続け、出所後スムーズに「元の世界」に復帰してしまうのです。

 そうしたことも見聞きして、社会に出てからは受刑者の社会復帰を進めるNPO法人を設立し、受刑者と文通したり、出所後の住まいや仕事の確保を支援したりする活動を始めました。住所や定職がないために社会で孤立し、自暴自棄になって再び犯罪に走ってしまう。そういう人は少なくないですから。

 3回目に服役した岐阜刑務所は累犯の受刑者が多く、そこで高齢の受刑者のお世話をしました。あるおじいちゃんに「二度とこんなところに戻ってくるなよ」と言うと、「刑務所の方がいいんだよ」と話すのです。外に出ても、家族も面倒を見てくれる人もいない。ここなら、病気になれば医者に診てもらえ、飯も食わせてくれる、というわけです。刑務所にいても罪と向き合う教育はほとんどなく、逆に犯罪を学んでいるかのような状況です。

 国の犯罪対策閣僚会議が2012年に策定した「再犯防止に向けた総合対策」では、NPO法人など民間協力者などへのサポートを強化する、とうたっています。しかし、私たちは支援を受けたことはありません。これまで100人近い出所者を支援しましたが、有志によるボランティア、寄付が頼みです。

 実は「古本募金」と名付け、受刑者が読み終わった本を着払いで送っていただき、換金して活動資金に充てるという制度を立ち上げようとしたのですが、法務省側は当初「そんなことはできない」と耳も貸してくれなかった。

 受刑者の社会復帰問題に理解のある国会議員が間に入ってくれ、ようやく刑務所の出入りの運送業者を使う条件で許可されました。この分野で法務省が民間に根づきつつある活動を生かし、また積極的にサポートしようとする姿勢はまだ見いだしにくいです。

 (聞き手・山口栄二)

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 いがらしひろし 64年生まれ。12年にマザーハウスを設立しNPO法人に。著書に「人生を変える出会いの力」。

 ■生きる力、養う訓練必要 山本譲司さん(作家)

 この10年で、刑務所の中は本当に変わりました。「管理あって処遇なし」だったのが、教育や職業訓練が積極的に行われるようになり、隔世の感があります。

 一時は7万人を超えた受刑者は、今は約5万人です。新たな受刑者をみると、窃盗や薬物、詐欺(無銭飲食)、交通事犯で8割近くを占めます。殺人にかかわった人は未遂を含めて1%ほどです。

 犯罪認知件数が減る一方、再犯率は上がっています。高齢者と障害者の増加が目立ちます。何が起きているのか。社会の中に居場所のない人が、重罪ではない犯罪を繰り返しては、刑務所に「避難」している。刑務所というところは結局、社会の問題を映し出す鏡なのですね。

 このように刑務所が福祉の代替施設となっている状況を著書で指摘してきましたが、受刑者処遇法の施行以降、改善しました。各都道府県に地域生活定着支援センターが設置され、本来の福祉へとつなげていく回路もできました。刑務所には福祉職や心理職のスタッフが配置され、更生プログラムが組まれています。

 一挙手一投足を監視され自由を奪われることは、言われたことをするだけなので実は楽なのです。はじき出された社会という場を常に意識しながら、自分で考える訓練をさせられる方がずっと厳しい。だから、刑務所の中に社会をつくる必要があります。

 私が運営にかかわっているPFIという半官半民方式の刑務所では、訓練生の責任感と自主性を培う処遇を行っています。ほかの刑務所でやっているような隊列行進はなく、受刑者はそれぞれ一人で歩きます。いつか戻る街には、行進している人などいませんから。資格の取得を促し、所内で就職面接もしています。

 受刑者にとっては厳しい、充実した処遇をしてこそ、納税者の一人として社会に復帰させることができます。単純作業だけではなく、教育や職業訓練を徹底させ、生きる力を少しでもつけさせることが大事なのです。

 今後の課題は、障害のある受刑者の処遇です。刑期を終えて社会に出ても、やっていけそうにない人たちがいます。そもそも裁判を受ける能力があったのか疑わしい人も見受けられます。付添人をつける少年事件の審判のように、第三者を加えた審理の進め方を検討してほしいです。

 刑務所の中と出口がこの10年で変わったとはいえ、入り口の刑法は明治以来の旧監獄法を前提にした懲役刑一辺倒のままです。罪に応じた償い方の選択肢を増やしていく必要があります。社会にいながら奉仕活動をする刑もその一例です。罪を犯した人たちをどう受け入れるか、一人ひとりの意識も問われています。

 (聞き手・北郷美由紀)

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 やまもとじょうじ 62年生まれ。元衆議院議員。著作「獄窓記」「累犯障害者」を通じて、刑務所の問題点を指摘した。
    −−「耕論 刑務所は変わったか 田鎖麻衣子さん、五十嵐弘志さん、山本譲司さん」、『朝日新聞』2016年09月03日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12540848.html



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